頻度データを取り扱うか,あるいは

得られたデータを数的処理に落としこむときにどのように扱うかがしばしば悩みどころになる。とくに注意や気づきを取り扱う実証研究をやろうと思うと色々考えることが出てくる。多分その他の,例えばプロトコルデータを取り扱うときも同じだと思う。

Izumi and Bigelow (2000)では,”reading and underlining”という,参与者がリーディング中に大切だと思った語やセンテンスに下線を引かせる課題を行なって,学習者がどのようなところに気づいていたかを操作化している。その時に「下線が引かれた部分」の数的な取り扱いは以下のようになっている:

 we counted  all  items  underlined  and  calculated  the  percentage  of  condi-
tional-related items underlined out of this total. This procedure was used
to balance individual variation arising from differences in the absolute
quantity of underlining by the participants.(p253)

この計算方式は,参与者における課題遂行中の気づきの「焦点」を問題にしている。

それに対して,Song and Suh (2008)はIzumi and Bigelow (2000)の追試を行なっていて,この計算方式と頻度との両方を統計的に検討している。

上記したように上の計算方式は学習者の注意ないし気づきの「焦点」を取り扱う手順である。学習者ひとりひとりのばらつき,即ち「ある参与者はめっちゃ線引く人で,ある参与者はまったく線を引かない」という外れ値的な影響は少なくてすむかもしれない。

ただし,「線を引く」という行動を「気づいている」ことであると操作化したとき,この定義式では「目標言語項目にたくさん線を引く」という行為を「目標言語項目にたくさん注意を向けた」とダイレクトに見做しづらくなる。目標言語項目以外にもたくさん線を引いていた場合,この式では注意の焦点は分散したとみなされ,数値は小さくなる。

そして,この「対象項目に引かれた下線の数」を頻度として扱った場合,一人ひとりの「線をよく引く人,引かない人」みたいな個人差を大きく見積もってしまう。

あちらを立てればこちらが立たず。

この記事では例として「注意研究」における「下線の数」というニッチなところを取り扱ったけれど,先程も記したように,この問題はあらゆる「プロトコルデータをコーディングして数的処理を行う」タイプの研究に当てはまると思う。

今回の場合は,「量」と「焦点」どちらに研究の興味が有るか,というのが問題になる。ところで,注意や気付きの「焦点(≠量)」が習得に関係するというロジックって?

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