寝る前のルーティン

例えば来客があるとか,酔って帰ってきてそのまま布団にダイブするとかでない限り,いつも寝る前にこなすルーティンがある。それは少しお金に余裕ができたりすると,増えたりしていまでは結構な長丁場となっている。

まず疲労回復に良いらしいビタミンC錠を飲む。これは食後のことが多いが,忘れていたらここで飲む。

それで,きな粉を溶かしたあたたかい牛乳を飲む。

アロマオイルをディフーザーにセットする(最近はラベンダー2滴にユーカリ1滴が主なレシピである)。

ディフーザーのスイッチをいれる。下半身をメインに簡単なストレッチを行い,ついでにこの前後で足つぼを刺激しておく。どこかのタイミングで,その後の工程に必要になるホットアイマスクのレンチンを先にしておく。

目薬をしてホットアイマスクをつける。そして,楽な姿勢をとり瞑想をする。

睡眠に入る。そして,今日も研究をしなかったという罪悪感を,まどろみの中に葬り去る。

 

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必要な「アクティブ」さ

先週までの授業では,スピーキングとライティングの違いを考え,とくにライティングでは文章の構造が読み手に大きな影響を与える話を例を交えながら行った(そしてその前に同内容について実際に英語しゃべってもらっている)。その上でwell organizedなライティングを行うためには,プランニングをどのように行えばよいかという内容を扱った。その上でライティングをしてきてもらい,ルーブリック評価の話を交えながら,実際に他人の書いてきた文章を観点別に評価し,フィードバックしあってもらった。

学生は他人の作文を読む中で,同じ内容についても異なる切り口や表現に多く触れることになる。また,読者の観点から他人の同じ内容の英文を読むことで,表現や構造も含めどのような点がその文章を読みやすく/にくくしているかをそれぞれが考える。その一つ一つをメモして,自分のライティングをどのように変えればよりよくなるか,ひとりひとりに考えてもらう。その後のリフレクションでは,どのようなことを学んだかについて各々とてもたくさんの内容が出てきて,ひとまず安心した。

そんななかで,評価してフィードバックを行っている授業風景を,アクティブ・ラーニングの紹介としてよく見る風景と同じだなあと思いながら眺めていた。私は自分の授業を「アクティブ・ラーニングです」と紹介したことはないし,その理念をちゃんと勉強して取り入れているわけでもないが,とにかくそんなことを思ってみていた。

「アクティブ・ラーニングをしなければいけないので,読んだ内容について生徒に話し合わせたんですが,シーンとして誰も話し合わないんです」という話を以前伺ったことがあった。話し合ってね,とか,これについて何を思いますか,といったところで,なかなか活発に意見を出してくれはしない。私も未熟であるがゆえにそんな経験をいくつかして,それですこしずついろいろな変更を加えてくるなかで,だんだんとどういう状況だとうまくいって,どういう状況だとうまくいかないかわかるようになってきた。そして,アクティブに意見を言うようになる前に,自分の意見を十分に考える時間やきっかけが必要なことも感じ,しかもその考えを練るには相当の時間が必要なこともわかりはじめた。活発に意見を交わす「アクティブな活動」の前にはいつも,主体的に考える,静かではあってもアクティブな個々人の心的活動があるように思える(話すための原稿を作る時間とか,そういうのとは別のものだ)。

もちろんほかにも本人たちの自信や慣れといった本当に多くの要因の影響がある。

しかし一方で,既習事項の文法の穴埋め問題の答えを話し合わせるといった形式で授業をやっても,ある程度学生は話すし,見た感じ同じようなアクティブさになる。しかしよく見てみると,答えがわかっている人がわかっていない人に解説をしているだけであったりする。もちろん,答えがわかっている人は説明することで理解が進むこともあるし,説明を聞いた側はそれで理解できたりするので,それ自体が即悪いというわけではない。つまりは,写真や動画でみたときに見た目がおなじような「アクティブさ」でも,その中で起こっていることは大きく異なるという,考えてみれば当たり前のことが,今週はなんだかいつもと違うイメージで捉えられた。

彼/彼女らにはどいういう「アクティブさ」が「有用」なんだろうと考える。