言語教育の具体的方法論の裏にある言語観,学習・教育観

昨日(12/16)に行われたCELES愛知の講演で青木昭六先生のお話を伺ってきました。

講演タイトルは「What do you think about “T-ASK” activities?」というものでした。

講演では,JespersenやWiddowsonやHallidayといった研究者をはじめとする広範な引用から「言語」や「コミュニケーション」が論じられ,そこから先生の「言語観,言語学習・教育観」が展開されていきました。その達成方法として,推論発問とそれに基づくコミュニケーションによるモデルが具体的に示されていました。正直,少々難解だったけど,ハンドアウトを見直して少し時間をかけて咀嚼する必要があると感じる含蓄に富む講演でした。

個々での内容は,青木先生が長い時間をかけて,言語とはどのようなものかということから突き詰め,言語教育とはどのように行うべきか考え続けた一つの結論なのだと思います。外国語学習・教授を具体的に「どう行うか」という議論になる際には,何かと,どうやったら記憶に残るか,どうやったらそれを早く引き出せるかが焦点になりがちですが,そもそもその教授の対象はどのようなものか考え,理解すること理解は極めて大切だと改めて感じます。

そういえば,第二言語習得研究者の若林茂則先生が外国語教育の対象たる(第二)言語について論じたうえで英語教育を考えるという動画があり,このあいだ興味深く拝見しました。

しかしこの動画の編集かっこいいな・・・。中央大はいりたくなるわ・・・。

 

最近書かせて頂く記事に隙を見てちょこちょこと書いてるんですが,言語教育に従事する際にはもちろんのこと,どんな研究をしていても,その具体的な方法論を論じる際にはその人がベースとしてる言語観・教育観が不可避的に反映されるわけですから,自身のベースにあるディシプリンは何にしろそこには自覚的・自己反省的でありたいし,考え続けたいものです。

 

また青木先生の講演に戻ると,タイトルにある「T-ask activities」は,先生(Teacher)が問う(ask)推論発問とタスク(task)をひっかけて松村さんをからかったタイトルだそうです。お話を伺っているとそこに込められた意味は単なるからかい以上に深く,いわゆる教育における放任-押し付けのジレンマに対しての問題提起もあるようでした。青木先生自身はいわゆる「問題解決型」の授業を否定するわけではなく,しかし先生が主導的に発問を行って生徒が得るべき「言語能力(これももちろん記憶の貯蔵と検索の意味を超えたもの)」を引き上げるという観点へしっかりと目くばせしています。その最適解は恐らく,このような二項対立的「あれか,これか」のはざまの微妙なバランスにあるのでしょうが,その微妙な点に自分なりの答えを見出せるかどうかも,知識を基にした熟考の上に確立された言語観の有無にかかっているのでしょう。

教科書にあるマテリアルと,そこに対する推論発問のみで生徒が目を輝かせながら能動的に考え積極的に活動する授業を行う先生はいますし,そのような状態を目指したはずなのにつまらないタスクを用いた授業というのも現実には存在するでしょう。もちろんテクニック的な上手下手はあるのでしょうが,結局は「よい授業」のためにはそれにふさわしい認識の基盤が必要なのだろうなあと考えさせられました。

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目標の設定と,そこへアプローチする方法の設定:5ラウンドシステムのレビューから

亘理先生が以前,私の仕事のうちのいくつか(高校の授業見に行ってコメントしたり,高校生のデータ取って分析したり)に関連するかもしれない,って紹介してくれた以下の本について:

金谷 憲ほか (2017).『英語運用力が伸びる5ラウンドシステムの英語授業』大修館書店.

5ラウンドシステムは教科書全体を何度も周回することでインプット量を増やし,最終ラウンドでは教科書本文のリテリングができるようになるという指導法だそう。

自分の考え方との違いについてメモしつつ興味深く読んで考え,久々にブログ書こうかなと思っていたら先生がブログにレビューを上げていたので,その劣化版みたいなのを公開するのも忍びないと思い一回消したけど,些末かもしれない点でも気になった部分に焦点を絞って改めていくつか言及してみようと思う。

◆(単元?サイクル?)目標について

全体的な流れは「本文内容理解(->音と文字の一致)->音読->穴あき音読->リテリング」というフレームワークに沿って進む。ラウンドとは別に毎授業15分ほど「ウォームアップ」としてさまざまな言語課題に取り組む。それぞれのラウンドの目標はCan-Doとも対応している(p. 104-)。

私が今回取り上げたい観点のひとつは,最終ラウンドに位置するリテリングについてである。学年なり単元なりで達成してほしい目標があって,それに対してどうアプローチするかと考える際に,この場合は行動的な目標がいつもリテリングになる。Can-Doはむしろそれに合わせて,リテリングを通じてできるようになることを想定して設定されているようにも感じる。

p.108からはさまざまなパフォーマンステストが紹介されていて,評価方法が必ずしもリテリングではないことはわかる。そうなると,評価と授業内容の一貫性について以下のことが問題になる。

◆目標とそこに対するアプローチという考え方

リテリング以外の評価方法に対してアプローチしているのは「ウォームアップ」として位置づけられているリテリング以外の言語活動である。ただこの本を読んだ限りでは,ウォームアップ活動はリテリングに向かうラウンドの中で得た表現を「使ってみる」くらいの位置づけに見え,必ずしも評価方法にアプローチする形で組織だったものであるようには思えない*1。つまり「ウォームアップ」に位置する言語活動と評価に関しては,身に着けてほしい能力がありそれを日常的な授業でどのようにサポートしながら身に着けさせるかという観点ではなく,授業でそういった活動として取り扱ったからそれに関連するパフォーマンステストをやろう,という逆のベクトルが仮定されている(まずもって「ウォームアップ」という名前からその雰囲気が滲み出ている)。このことは,達成評価が「ウォームアップ」での活動が前提となっているのにもかかわらず,単元(サイクル?)目標にはいつもリテリングが鎮座していることと矛盾する。この矛盾を解消しようとすると,最終サイクルにリテリング以外の活動を用意してそれに向けてラウンド前半の内容自体を再考するか,「ウォームアップ」自体を目標に準拠させて組織化したりすることが必要になる。

◆目標に不足ないアプローチになっているか

次に気になるのはその目標を達成するための手前のラウンドの内容だった。先にも述べたように,全体的な流れは「本文内容理解(->音と文字の一致)->音読->穴あき音読->リテリング」であって,この本にある実践はこのフレームワークに忠実で,意味理解の仕方や音読のバリエーションが先生によって多少異なるといった感じに見える。

最初に読んだ感想としては率直に「間にあるいろんな音読だいぶキツくね?」っていう感じだったが,それは亘理先生のレビューにもっと洗練された形で触れられていたので,とりあえずそれ自体にそんなに深入りしないでおく。ただ中学校は音と文字の一致は(あまり語られない気もするが)大きな難関だろうし,こういったボトムアップ的なトレーニングを多めにする必要は,学校によってその重みづけは異なれど多分にあると思う。一方で違う観点から問題提起したいのは,その多種多様な音読関連活動が,(この場合リテリングという)目標にとって不足ないアプローチとなっているかということである。換言すると,リテリングに必要な技能が(やり方が多様であるとはいえ)音読のみによって補えるとはちょっと思えない。もちろんこれは,この本で実践を紹介している先生たちの報告を疑ってるわけではない。そうではなくここには,書いてあるレシピ通りに実施した結果空中分解してしまう危惧と,ちょっと工夫するともっとよくなるんじゃないかという期待がある。

リテリングは,内容が適切に理解できていること,そしてその内容を理解・説明するに足る語彙,そして文を構築する能力が必要なのは言うまでもない。そしてなにより,テキストの要点を捉える必要がある。これらの能力を身に着けるために必要な足場掛けのような課題が途中のラウンドに必要となれば,それは音読に縛られる必要はないし,縛られてはいけないはずである。今のところ文を構築する訓練(≠文法指導)は「ウォームアップ」の例で少し紹介されているくらい*2で,その点を穴あき音読のみで対応するのは難しいだろうし,文の要点を掴んだりキーワードを抽出したりするような練習がラウンドの途中にあるわけでもない*3。また例えばシャドウイングはリテリングに必要な能力を身に着ける訓練では必ずしもないと思うが,「音読のバリエーション」として無批判に突っ込まれてる気がしなくもない。

◆まとめ

つまりまとめると,「ウォームアップ」にある言語活動ありきでパフォーマンステストを作成しているので,「ウォームアップ」自体が目標に準拠した課題群であるような組織化をするか,ラウンドと有機的に関連させるためのもっと突っ込んだ議論が必要ということ,ラウンドの最後がなぜリテリングなのかよく考える必要があるということ,またリテリングの部分を再考すると,現在それに合わせているように見えるCan-Doの記述も変わってくる(むしろCan-Doが先にあってそこから逆算的に「達成すべき課題」が導出されるという,普通のカリキュラム作成手順を踏むことになる)し,そうなるとラウンドの間にある音読群も不可避的に再考を迫られるだろうということ。このようになったときにそれを「5ラウンドシステム」と呼べるかどうかはわからないけれども・・・。

 


*1  おそらくこの本で実践を報告された先生は,このラウンドとラウンド外の言語活動の有機的関連を教師の直観で上手くやっておられたのではないかと思う。そうでないとこの下位課題で目標課題のリテリングを行えるようになるのはかなり無理があると感じる。

*2  ここでもやはり,ラウンド外の言語活動とラウンドがどう有機的にかかわるかの考察が必要でしょう(むしろそこが一番大切じゃないかと私は思う)。安易に導入してこの関連が空中分解してしまうと,この本で報告されているような結果を出すのは難しい(くらいならまだよくて,最悪の場合,ボトムアップ訓練の苦行に伴う苦痛と「不達成感」だけが残ってしまうかもしれない)。

*3 リテリングにこだわらなければ,一年生の頃なんかもう少し目標をハードル低い達成課題に設定して,2年・3年とリテリングを含むような徐々に難しい達成課題に挑戦させていけば,間のラウンドにあれもこれも突っ込む必要はなくなるだろう。2年生で経験する5ラウンドは,1年生のラウンドを経験した上でのものなのだから。

必要な「アクティブ」さ

先週までの授業では,スピーキングとライティングの違いを考え,とくにライティングでは文章の構造が読み手に大きな影響を与える話を例を交えながら行った(そしてその前に同内容について実際に英語しゃべってもらっている)。その上でwell organizedなライティングを行うためには,プランニングをどのように行えばよいかという内容を扱った。その上でライティングをしてきてもらい,ルーブリック評価の話を交えながら,実際に他人の書いてきた文章を観点別に評価し,フィードバックしあってもらった。

学生は他人の作文を読む中で,同じ内容についても異なる切り口や表現に多く触れることになる。また,読者の観点から他人の同じ内容の英文を読むことで,表現や構造も含めどのような点がその文章を読みやすく/にくくしているかをそれぞれが考える。その一つ一つをメモして,自分のライティングをどのように変えればよりよくなるか,ひとりひとりに考えてもらう。その後のリフレクションでは,どのようなことを学んだかについて各々とてもたくさんの内容が出てきて,ひとまず安心した。

そんななかで,評価してフィードバックを行っている授業風景を,アクティブ・ラーニングの紹介としてよく見る風景と同じだなあと思いながら眺めていた。私は自分の授業を「アクティブ・ラーニングです」と紹介したことはないし,その理念をちゃんと勉強して取り入れているわけでもないが,とにかくそんなことを思ってみていた。

「アクティブ・ラーニングをしなければいけないので,読んだ内容について生徒に話し合わせたんですが,シーンとして誰も話し合わないんです」という話を以前伺ったことがあった。話し合ってね,とか,これについて何を思いますか,といったところで,なかなか活発に意見を出してくれはしない。私も未熟であるがゆえにそんな経験をいくつかして,それですこしずついろいろな変更を加えてくるなかで,だんだんとどういう状況だとうまくいって,どういう状況だとうまくいかないかわかるようになってきた。そして,アクティブに意見を言うようになる前に,自分の意見を十分に考える時間やきっかけが必要なことも感じ,しかもその考えを練るには相当の時間が必要なこともわかりはじめた。活発に意見を交わす「アクティブな活動」の前にはいつも,主体的に考える,静かではあってもアクティブな個々人の心的活動があるように思える(話すための原稿を作る時間とか,そういうのとは別のものだ)。

もちろんほかにも本人たちの自信や慣れといった本当に多くの要因の影響がある。

しかし一方で,既習事項の文法の穴埋め問題の答えを話し合わせるといった形式で授業をやっても,ある程度学生は話すし,見た感じ同じようなアクティブさになる。しかしよく見てみると,答えがわかっている人がわかっていない人に解説をしているだけであったりする。もちろん,答えがわかっている人は説明することで理解が進むこともあるし,説明を聞いた側はそれで理解できたりするので,それ自体が即悪いというわけではない。つまりは,写真や動画でみたときに見た目がおなじような「アクティブさ」でも,その中で起こっていることは大きく異なるという,考えてみれば当たり前のことが,今週はなんだかいつもと違うイメージで捉えられた。

彼/彼女らにはどいういう「アクティブさ」が「有用」なんだろうと考える。

英語テキストのサンプルをみて

最初の更新は2015/12/24ですが,随時新しく見たテキストの書き加え等で記事編集を繰り返し行っています。現在の最終更新は2018/2/2です。

 

今(2015年12月現在)まで受け持った大学の授業は自由度が高く教科書の指定もなかったので,私はこれまで,ほとんどの授業では教科書をあまり使わずにやってきました。もちろん信頼できる英文を一から書くのは難しいので,いろいろなところからマテリアルをもってきてそれをもとにワークシートを自分で作ったり,コミュニケーションタスクもどんな活動が出来るか日ごろから考えてネタをストックして時間があるときにプリントを作ったりだとか・・・。

テキストブックは丸善とかジュンク堂とかに行くたびによく英語テキストコーナーみたいなのに寄ってぱらぱらめくってはいるのですが,なんかこれ!っていう感じのテキストブックに出会わなくて(概ね好みの問題ですし,まあ今思えばテキストブックをそんなに知らなかっただけです),あまり使ってませんでした。教員キャリアスタートして4年くらいノーテキストブックでフィニッシュでした(副教材的に学校指定のTOEIC対策本とか使ってたことはある)。

ですがいろいろ思うこともあり,自分も教科書を有効に使って授業ができなきゃいけないなあと思い,2016年くらいからは学会でも教材の企業展示コーナーをよく回ってて,そこで気になったテキストのサンプルをもらったり送っていただいたりする機会に恵まれました(専任教員になったある日,「サンプル送りますよ」と声をかけて頂いてそれからよく送ってもらうようになったのですが,そういうシステムあったんですね,院生に非常勤してた時代なんか知らなくて自費で教科書買ってました・・・)。

以下には備忘録も兼ねて,使ってみようかなと思ったテキストブックを取り上げ,思ったことを書いてみようと思います。

 

■リーディング関係

CONNECTION 3─Intermediate Level

レベルはいろいろあるみたいですが3しか手元にないです。

この教科書はリーディング系で,読解前活動→読解→語彙系課題→理解度チェックと進むスタンダードなものです。リーディングテキストとしては最小構成です。語彙のアクティビティや理解度確認問題は自分でマテリアルを用意すると作るのが本当に大変なのですが,そういうところが含まれていてありがたいですし,個々の課題も面白いです。英問英答の語彙課題はそのままTOEICのようなテストの対策にもなりそうですし,一部の読解問題は「パッセージに直接書いていないから自分で推論して記述しなければならない」問題になっています(推論を促す問題はどうやらこのIntermediate levelからのようで,CONNECTION 2より下のレベルにはついていないようです)。

こういう行間を読んで議論できるような読解問題は,自分でも頑張って作ろうとするのですがなかなか難しいんです。学生さんにも,テキストをよーく読んでこういう問題を作ってきてもらうというタスクを宿題としてやってきてもらったりするんですが,一通りこの問題をやると自分でもどういう問題を作ったらその後の議論が盛り上がるのか分かってくるのではないかと思います。

全体的に,一からやると最も大変なマテリアル探しとそれに即した語彙・理解度チェックの設問がついておりその質も高く,かつ最小構成だからこそこれをもとに色々な活動をプラスアルファで導入しやすくて嬉しいと思いました。事前活動や事後のディスカッションも題材が用意されていてやりやすいので,自分の授業では,内容を把握しディスカッションしたあとにそれを元にしたサマリーライティング活動なんかに使ってみたいと思います。

 

A Visit to Amazing Kansai-based Companies

この教科書はビジネス系の学生が興味を持ちそうな話題をとりあげています。理解度を確認するための課題ももちろんついていて,そのバリエーションも多く飽きが来ないテキストだなと思いました。

このテキストに特徴的なのは,一貫してある人や企業の歴史を紹介しているので,読解活動として時系列を問う問題が多くあることです。特に,毎ユニットの一番最後に,本文をもとに年表を完成させるタスクがあり,これは意味中心の読解サマリーとして面白い活動だと思いました。

ただ毎回ついているcompositionという課題が・・・自分で企業について色々調べて報告する際に,その報告が文章の穴埋めするだけというのが少々気になりました。たぶん形式フォーカス的な活動という位置づけなのでしょうけど,せっかく学生が自分から調べて報告する活動なので,もうちょっと幅を持たせたほうがいいんのかなあとも思います。そこが気になるだけなら,教師自身がこの活動をヒントにしてプロジェクト型タスクとかに改変すればいいので,まあやり方次第なのですが。

 

Collins Communication for International Business: The Secrets of Excellent Interpersonal Skills

上記はアマゾンリンクです(念のため,アフィリエイトではないです)。これは英語授業用テキストではなく,ネイティブ向けのビジネスコミュニケーション入門書です。ただ丸善のテキストの棚で見つけました。

ネイティブ向けなのですが,かなり平易な英語で読みやすく,ページ数もけっこう多いので,入学したばかりの,英語をまじめに勉強してきたビジネス系の大学一年生にオーセンティックな英語を沢山読んでもらいたいという私の意図にピッタリあったマテリアルでした。もちろん理解度チェック問題はついていないので,そのあたりに関しては適宜自分でワークシートなどを作る必要がありますが,ちょくちょく読者の考えを煽る記述も多いので,それを元にインタラクティブに議論しながら進めることができました。

 

Reading Stream – Elementary

色々なレベルがあるようですが手元にあるのはElementaryです。

15ユニットからなる,社会や経済に関するトピックをあつかったリーディングテキストです。

サイトの目次を見ていただいてもわかりますが,それぞれのユニットに「トピックセンテンスとパラグラフの構造を理解する」とか「定義を示して例示する」とか「コミュニケーションのスタイルを理解する」などといったテーマが設けられています。

事前活動でスキーマを活性化させて,1ページ分の読解テキストがあり,事後活動(要約や理解度確認問題)へと流れるスタンダードなリーディングテキストですが,事後活動には,グラフィカルなシートに読解した内容を書き出していって内容をサマリーするという面白い活動が収録されています。このような感じでどの収録パッセージにも,どのような原因からどのような結果があったのかとか,時系列の流れがどうなっているかなど読み解かせて図を完成させるといった課題が付属しています。音声ファイルも付属しているらしく,リーディングをメインに色々な活動に活用できそうなテキストです。

応用としては,T/Fの内容確認から一歩踏み出して,この図を完成させることで内容をまとめ,徐々に慣れてきたところで最終的にはこういった図自体を書いてもらうというタスクも考えられます。また要約を発表したりしてもらうとリーディングとスピーキングの統合的な活動にもなりそうです。

 

CLIL Global Issues

たまたま研究室で前任者かだれかが置いていったテキストに目を通していたら発見したもの。
人種差別やエネルギー問題,絶滅危惧種などについてアカデミックなテーマを幅広く扱っています。
特筆すべきは,タイトルにもあるようにCLILのテキストなので,また図表を読み取らせたり図表に書き込んだりする能動的な読みを促す工夫が多く,その後も自身が思ったことをまとめたりディスカッションをしたりしやすい多くの良質なプロンプトが収録されていることです。
CLILにこだわった先生方の執筆した教科書ということでさすが丹念に練られていて,教科書にそってやっていくだけである程度,質の保証された内容中心の授業ができるのではないでしょうか。
このような内容中心の活動というと,「文を読めているかどうかもわからないのに内容中心なんて!」となる人が多いのですが,ただのTorF活動をするのと図表を読み取らせたりするのは「文が読めていたかどうかわからない」具合で前者がそんなに優れているとも思えませんし,大学生としてせっかく内容のあるコンテンツを題材として学んでいるのなら,「読めたかどうか」だけで終わるのももったいないもの。

ディスカッションはとりあえず日本語でやったとしても,それをもとにさらにマテリアルに戻って深く読めるなら,日本語を使った「英語の学習」としても十分機能すると思います。
ともあれ,こういった内容が扱えそうな授業の受け持ちになったときは是非活用してみようと思いました。

 

Reading Explorer

こちらは教科書についている課題やインストラクションが面白いので,自分であまりタスク自体の準備に時間を取られず発問ベースで取り掛かれそうな教科書です。CENGAGEのNational geographicと提携してるシリーズは内容的に面白いのが多いような気がします。読む量が結構多いので,(消化しきれないと文句言ってる先生も結構いましたが,)別に適宜飛ばせばいいんじゃないかと思います。レベル別にいろいろあるので合わせやすいです。

 

■リスニング+α

Q: Skills for Success

Listening and SpeakingとReading and Writingがあります。1の下にIntroというのがありますが,1からが構成的にも内容的にも面白いと思います。このシリーズの2つ,構成は似てますが,Reading and Writingは結構ライティング目的で使えそうなのでそのうち使ってみたいと思います。ものすごく教養が必要そうなパッセージが載っているわけではないですが,思考を促す良質なテキストやインストラクションが載っていて,テキストの重さと活動とのバランスがいいです(つまりテキストの内容を何とか消化させるだけで終わる,というような悪い意味で難解なテキストになっていない)。上記のReading Explorerのように,テキストにそのまま沿ってやっていっても消化しやすい作りになっているので,余計な手を加えなくても発問ベースで進められる教科書だと思います。

 

Keynote

これもQ: Skills for Successと雰囲気が似ている気がします。スキーマを掻き立てる写真や図表が豊富で発問を投げやすく,かつ構成もしっかりしているので,手を加えなくてもそのまま使える教科書です。これを使うなら,あえて補助プリントとか作るのに一切の時間を割かず,発問やその受け答えの想定を練るのに時間をかけたほうがいいと思います(脱線を許さずライブ感がなくなるほど発問を作りこむという意味じゃないですから,念のため)。個人的には2くらいから面白いです。

TED Talksのリスニングなので,オーセンティックなのに慣らすのに良いですが,それがゆえに最初は学生が苦労するかもしれません(悪いことではないです)。

 

■スピーキングやコミュニケーション関係

Widgets: Task-based course in practical English

これはtask-based language teachingの理念にもとづいた教科書みたいで,前から気になってはいたのですが,北海学園大学の浦野研先生が使っていらっしゃるということでサンプルを取り寄せました。統合的なスキル育成が目的だと思いますがコミュニカティブな色が強いテキストです。

ただTBLTにもとづいているので,ほかのコミュニケーション主体の教科書とはかなり色が違います。「この表現,単語,文法を使ってコミュニケーションしましょう」とか「事前に準備してそれを読み上げてコミュニケーションする」という感じは全くないです。この教科書を配って,「はいじゃあこれについて英語で議論してください」といったところで学生は葬式のように口を閉ざすでしょう。かといって事前にその議論で使うリソースを全部教えてそれを使ってコミュニケーションを行ってしまうとこの教科書のよさが失われてしまいます。他の教科書を使ったコミュニケーション系授業でもそうでしょうが,それ以上に,いかに学習者が英語使用しやすい状況を作り出しinvolvementを高めるかがキーになってくると思います。また当然,事前に表現や単語文法が与えられるときより単語単位の発話や断片発話が多くなるでしょうから,それに対して教師には忍耐力が求められるでしょう。来年はどこかでこのテキストブックを使いたいと思うので,リソースを教授する以外でどのようなプレタスクが行えるか考えて,上手く行った活動やいかなかった活動も含めシェアしていけたらと思います。

 

21st century communication: Listening, speaking, and critical thinking

内容中心で重厚な感じですが,タスクの指示も明確で使い勝手のいい教科書です。ぱっと見難しめですが,逆にこれほど学生が興味を持ちやすそうな内容なら,先生はインタラクションの中でパラフレーズしたり重要な部分を繰り返したりして咀嚼しやすい形に持っていきやすいでしょうし,そういったスキルを私(先生)自体が学ぶのにいい教科書だと思いました。

いい意味で本文の分量が抑えられており,分冊版なら1ユニットを3回の授業で終わらせるというペースで学習が可能です。その分先生は生徒とのインタラクションや生徒が考える時間に割くことができ,しっかりと教科書の内容を消化することができると思います。

 


これを書いて思うに自分は,「タスクを作るのに都合のいいマテリアルが多くある教科書」か,「まったく自分で手を加えなくても良質な発問・インタラクションが行える教科書」という一見背反する特徴をもつ教科書が好きみたいです。

あるとき指導主事の先生がおっしゃっていたのですが,「まず自分で手を加えなくても質の高い発問やインタラクションを行える教科書を使えば,多忙な中でも推論発問や生徒の反応を想定して授業を行えるし,かつそこに集中することでそのような発問やインタラクションの技術が磨かれる。そのスキルを身に着けた上で自分でタスクを作ると,作成したタスク自体の質が上がるということがある」とのことでした。確かに,せっかく時間をかけたお手製のタスクがあまり面白くないという状態は,そのタスクを使うと生徒の反応がどうなるかという見込みが甘いことによって起こることがしばしばあるような気がします。

逆に私なんかは,もともと教科書の縛りが全くないところから英語教師としてのキャリアがスタートしました。未熟ながらにも,静大の同僚の亘理先生と同じように「つまらない授業やるなら舌噛んで死ぬ教」信者なので,事前に時間をかけて面白いタスクを作ろうとするのですが,いかんせん教科書がないゆえにマテリアル探しから初めねばならずタスクづくりにクソ時間がかかり,面白いタスク作ったらそこで終わりみたいなところがあり続けたなあって感じの反省もあります。そのせいか自分としては発問とインタラクションによって生徒の思考を引き出す技術がまだまだだなと感じることが多いため,もう少し英語教師としてステップアップしようとしたら,質の高い教科書を使って,推論発問とインタラクションに集中して授業を行って技術を磨くべきかもしれません。

教師は教壇に立った時点で完成されたものでなければならず,「完全なる知」の伝達者であるという考え方に反対する自分としては,教師も学生とともに学んでいかなければならないということを忘れないでいたいと思います。そのような観点からみると,教師を成長させてくれるテキストブックというのも良い教科書のひとつなんだなと思います。

さて,テキストブックを題材に自分の授業を念頭に思ったことをつらつら書いてみましたが,使用感や,付加した課題などまた書いていければと思います。

 

PPPとタスク―原理的定義からいくつかの譲歩を考慮した場合の,その類似点

愛知学院大学で行われたDr. Hosein Nassajiの講演会で,奈良教育大学の佐藤臨太郎先生を中心に,EFL環境では明示的知識がどれほど重要かという話題になり,それがPPPとタスク中心教授法(Task-based language teaching, TBLT)の話になり,懇親会でも活発に話し合われていた。特に,あまり多くは聞けなかったが,タスク中心教授法で著作も多い名城大学の松村昌紀先生とのやりとりがとても興味深かった。
その際に,私は「佐藤先生と松村先生のご意見は,目的はもちろん,その道筋に関してもあまり大きく違うようには思えない」という発言をして,「そうか?」とか「うん。」とか色々な反応を頂いた。その発言の直後に時間切れになってしまったので,それ以上の議論は叶わなかったが,その時に考えていたことをもう少しここで整理して書き留めておこうと思う。

陳腐な逃げ詞かもしれないが,ここにメモしたことは,第二言語習得の研究者としても駆け出しで,それを勉強しながら授業で試行錯誤を繰り返しているいちぺーぺー英語教師の主観的感想が多分に含まれている。したがって,ここに書いてあることはInstructed SLAにおいて提案されている概念・思想を過不足なくまとめたものでもなければ,これをもって日本の英語教育がどうあるべきかを提言するような意図も全くない(後記: 書き終わってから見ると,二人の尊敬する先生方に対して勉強不足の半人前院生がドヤ顔で「セイセイ」とかやってる画が浮かんで,なんか不本意にも生意気な文章かな…とも思ったりしますが,うまい書き換え方がわからないのでとりあえずそのまま公開します。ごめんなさいごめんなさい)。ただ,こういう考えで自分が研究なり授業なりを行っているというのは事実なので,そんなんじゃダメだとか,考えが甘いとかいうご意見は,自分の成長のためにも歓迎したい。

まず前提として,PPPとTBLTはどちらの立場も「実際の言語使用をおこなう機会を提供する」という観点では相違はない。私の理解が誤っていなければ(誤っていた場合,訂正をお願い致します。。。),佐藤先生はPPPを基調としながらも,文法の教授は「inductiveでもいいし,reactiveでもいい。ただ文法項目に対する明示的知識を教授する機会はあるべき」ということだったと思う(浦野研先生がとある研究会で,佐藤先生本人に対して,佐藤先生は「言うほどPPPじゃないよ」と仰っていたのが印象的だったが,この”inductive/reactiveでもいい”という点が佐藤先生が厳密なPPPから譲歩する点だと思う。とはいえ,オーラルイントロダクションはそれを重視する度合いによっては完全にinductiveが念頭にあるし,工夫次第ではreactiveな指導といえるところに持っていくこともできるのだろうけれど)。一方,松村先生はTask-basedを理想としながらも,それは文法指導行うべきではないということを意味しない,というご意見をお持ちであると理解している(これもWillisなどをはじめとして,そういった立場はTBLTを掲げる人たちの中でもそんなに少数派ではないが,Long提唱するような「原理的な」TBLTからの譲歩と捉えることもできる)。

EFLで明示的知識が大切というのには私もそうだよなあと思う。しかしそれはEFL環境では学習者の習得メカニズムが異なる(たとえばESLではweak interfaceなのにEFLだからstrong interfaceになるとか)と思うからではない。そうではなく,なんらかの達成しなければいけない課題(タスク)を前にしたとき,日常的になんとかかんとかコミュニケーションを取ることが必須であるESLとは違い,与えられた課題によっては,なんとかかんとかやりとりをするための道具立ても持たないことによって黙り込んでしまうようなケースがしばしばあると思うからだ。
そういう場合の解決法は思いつく限りは2つあって,

1. 現在できるところまで課題の難度を下げる(※1)
2. 課題を遂行するために有用な道具立てをする(明示的知識を教示する)

というものである。この点に関して言えば,二人の先生方はこの時にとるべきだとお考えのアプローチはもしかして違うかもしれない。
SLAベースのタスク中心教授法でよく示されるのは1の方法だろうが,入試に関するニーズなどのことを考えると—もちろん明示的知識を教授する目的に基づく(?)「訳読」のみでは入試に必要な知識が充分身につくわけではないという調査(※2)を考慮した上でも—2のように明示的知識をはぐくむ必要性もある程度納得できると思う。
ただ学習者がその「道具立て」の必要性を感じるかどうか,感じさせる方法はなにかと考えると,やっぱりまず使ってみることが必要になってくるのではないかと思う(し,そのことは別に私の思いつく新規な意見でもない)。いくらシチュエーションを用意しロールプレイを示されたところで,それを外国語で使う状態になったことがない場合,必要性は薄く感じられてしまうのではないだろうか(※3)。
そう考えると,たとえばPPPのような帯を念頭にreactiveな文法の導入を可とするならば,PPPのうちproductionを頭に持ってきて(入れ替えてもいいし,付け加えてもいいと思う。PPPPみたいな。これは一つの例なので,必ずしも産出タスクである必要はないが),その上でreactiveな視点を取り入れたら,それはほとんどタスクの理念と変わらない活動じゃないかという気になってくる。とりあえず学習者が何らかの必要性を感じるような課題をやってもらい(確かにPPPはターゲット項目が設定されるだろうし,TBLTではされないかもしれない。しかし,最初の産出ではたとえターゲット項目があったとしてもその必要性を感じてもらうことが目的なので,そうなると自然に「課題の遂行」に目的を置くことになる),その課題遂行のために必要なことを考えてもらう。reactiveな視点で学習者の課題遂行の状況を観察していると,個々の発達に応じてその後教示すべきなものが見えてきて,それは必ずしも想定していたターゲット項目とは違うかもしれない。その後の文法項目の導入と練習で,事前に用意したターゲット項目を対象にしたとしても,見えてきた「(ターゲット項目以外で)必要な道具」を焦点にしたフィードバックを加えれば,それはもうタスクに基づくフォーカスオンフォームとほとんど同様の活動なのではないだろうか。

考えたことをまとめると,

PPPのdeductive,preemptiveな観点を譲歩して,かつTBLTにreactiveな明示的指導を付け加えると,その二つの教授法は,目的も手段もほとんど差異がなくなるのではないか,ということ(※4)。

佐藤先生の仰るように,「いずれにせよ,英語を使わせる機会が極端に不足しているのが問題」という観点に立てば,二つの立場において対立する点というのは実は非常に少なくて,つまりこの両立場はとてもcompatibleなのではないか,と思ったということでした。


※1: 私の場合,受け持つ学生の英語習熟度がけっこういろいろなので,教室によっては全く文法を導入しない状態から,ジェスチャーだけや数語の語彙知識でも遂行できるほとんどノンバーバルタスクと言えるものを使ってタスクを導入することもある。その工夫やその後の文法的なものの表現についてはまたいつか書きたい。

※2: 関静乃・加藤和美・茶本卓子・永倉由里・三浦孝・亘理陽一(2011).「現代の大学入試問題に,文法訳読式授業はどれだけ対応できるか:高校英語授業改革プロジェクト発表その1」『中部地区英語教育学会紀要』40: 315-322.

※3: これもかなり主観的な経験談であるが,私はあまり真面目な学部生ではなく,いまやってるようなことに興味もなければ教員養成コースを取るよりも前だった時期にスペイン語を習い,ロールプレイが書かれたテキストを見ながら「まあ世界のどこかでこういうやりとりは起きてるだろうね」とぼやきつつ,プリントの端に書いたメモを何も考えずに読み上げていた。ちなみに単位は2回落とした。

※4: この「目的」というのは冒頭に書いた言語使用機会の保証という点である。もっと理念的な話になると,TBLTは言語項目の教授それ自体が目的ではないので,シラバスの組み方やアセスメントなんかには差が出るかもしれない。ただ,実際にこの2点が対比される際には,根本的な差異があるこれらシラバスやアセスメントの違い以外の本エントリで言及したような部分で比較がなされることがとても多いとも思う。

ページ中央に横方向の罫線を入れたい

自分用備忘録です。

授業用のプリントを作っていて,A4を横方向に裁断して使いたくて(A5がプリントできないときとか),プリント作成と裁断の目安になる中央線が欲しくなった。この状況をもっと簡単に打破するひともいるんでしょうが,これまでも何かとプリントに横方向の中央罫線を入れたい状況があったので,たぶんいろいろやり方あるんだろうけど簡単にできた方法をメモ。

私のwordは英語なので,日本語はようわかりませんが,

1. 横方向にガーッってオートシェイプでまっすぐ線を引く

2. 右クリックで”more layout options…”

3. PositionのHorizontalをAlignmentにチェックしてLeft, relative to Pageを選択

4. その下のVerticalでRelative positionをチェックして50%に配置, relative to Pageを選択

5. Optionsのチェックを全部はずす

もっと簡単なやり方あれば教えてください(もしかしてデフォルトの機能があったりする?)

授業見学の感想2

忘れてたわけではないですが,「授業見学の感想1」を書いてからなかなか続編を書くためのアレがアレでした。Todoリストの一番上に残り続け,つねに切迫感に苛まれつつも見て見ぬフリをしてここまできて,そろそろ奴の顔を見るのも辛くなってきたのでなんとかしようと思います。
中京法律専門学校で教鞭を執る田村祐氏の英語授業の見学レポートです。

2時間目は,TED Talkを使った授業でした。最初は,前回の授業で見たという動画の続きからでした。英語で見て聴いて,その聞いた内容を概念図としてシートに描写していきます。

この方法は,聴き取れたものを片っ端から書いて行く方法だと,あまり内容を考えずに頭の方と最後の方だけ完訳するとか,単語だけ聞き取れて内容が良く理解できないとか,そういうことを防ぐ効果もありそうです。英語を何回か聞いて,最終的には日本語字幕つきで聴いて確認していたのですが,日本語字幕の際には英語で聞き取れたところと区別するためにペンの色を変えて(黒→赤)概念図を書き加えるというもの。

赤いところがだんだん少なくなっていくといいね,と言ってましたが,なるほど。これも自身の達成度が視覚的に見えてすばらしい工夫ですね。いつかやってみようと思います。

次に新しい内容に移り,最初に必要となる語句のブレスト。シートにいくつかの語が書いてあって,その反対語を自分で考えるという中で,Talkの中で使われている語を学んでいきます。ただ単に英語が書いてあって意味の確認だけやるよりも退屈しないし処理も深くなりそうでこれも真似したいところです。

リスニングは(1)字幕なし通常スピード→(2)字幕なし遅めスピード→(3)英字幕あり通常スピード→(4)日英字幕あり通常スピードと進められていきました。

英語字幕のときはところどころ穴抜きになっていて,そこをディクテーションするというアクティビティ。スピードを変えたり字幕を穴抜きにしたりどうやってこれやってんの?と思ったら,大阪大学の今尾先生が作成された “casual transcriber“というソフトを用いて簡単にできるんだそうです。もともと文字起こしに便利なソフトだそうですが(藤田卓郎先生のサイトに説明があるので併せてご参照ください),こういう応用もできるんですね。

授業の話にもどると,ディクテーションの穴埋めの答え合わせも,たとえば(the)(shoes)となっている部分で,(a)と答えた人がいて,あ,間違えた,と思ったら「なるほど,で,次は?」とスルーして,「(shoes)です」と学生が答えると,「そう,でも a shoesってなんかおかしいよな?」とガーデンパスして考えさせたりと,結構細かいところまで工夫してるように思いました。どれくらい狙ってやってるかわかんないですけど,これをちゃんと実践しようと思うと机間巡視中にもちゃんと見てないとできないはずです。その後のアクティビティを考えながら見て回るというのは,私もちゃんと考えながらやってたはずですが,最近はタスク中の即時的なフィードバックが主な狙いになってそればっかり考えていた気もしてきて,どの程度そういう配慮を念頭に置きながら自分はできていたかなとハッと振り返させられました。

その後,動画の内容について事前に書いてあったプロンプトに沿って意味理解を確認し,「正しい靴紐の結び方」みたいな動画でしたが,どう結んだらほどけにくいのか実際に紐を結んでみたりして,ただ文法や発音だけではなくしっかりと内容にフォーカスをあてた楽しい授業でした。その中で,聞き取りづらいポイント(不定冠詞のaがエイと発音されてるとか,canとcan’tの強勢での聞き分け方とか,themが’emと発音される部分とか)もちゃんと捉えており,なんでその部分が聞き取りにくいのかをフィードバックして,もう一度聴いてみる。自分は聞いてるだけでしたが,90分飽きることもなく,おわったあとメチャメチャ英語使った感がありました。

こういう満足感って大事だと思うんですよね。楽しいっていってもゲーム感覚でゆるいだけじゃ身につかないですし,この授業で英語が身につくのか?という疑念すら起こってしまう。かといってギチギチに忙しいとこの授業は大変というイメージしか残らないし。そう思っているから,私も授業のリフレクションで「難しいけど,大変だけど楽しい」なんていうコメントがつくと一番ニヤっとします。っていうかまずリスニング苦手だからこの授業学生として毎週出たい。

さて,二回にわたってレポートをしました。授業見に行く前はもうちょっとこうネガティブな部分とか指摘して改善点とか話し合えるかなと思ったのですが,なんかごめんなさい。もちろん英語教師としては私とは経験してるコマ数が違うし,彼は中学校でも授業を行って,かつ毎日一生懸命に授業改善について考え続けていたことは知っていたので,彼の授業から謙虚に学べることが多いとは思っていたのですが,なんかこちらが参考にできることばかりで,授業を見せてくれた彼に対してはたいしたフィードバックもできなかった感じでやや反省です。よく考えたら,自分が授業を持つようになってから他人の英語の授業をみるのはこれで始めての経験だったのですが,これからも色んな授業をみて自分の授業についても考えていきたいと思います。

授業見学の感想1

名古屋大学大学院国際開発研究科国際コミュニケーション専攻博士後期課程の田村祐氏の授業を見学してきました。
中京法律専門学校の英語の授業です。

彼のプロフ等はこちらから→http://tamurayu.wordpress.com/cv/

何から書いたらいいのかわかりませんが
まず学生さんフレンドリーでした。その日は7人の少人数クラス。教室は100個くらい机が置いてありましたが,ほかにプロジェクターが使える空き部屋がないからここなんだそう。セットされているのはプロジェクターにつないだMacBook(っていうのか?)と移動できてひっくり返したりできるタイプの黒板。

最初に単語テスト。事前にリストが配られていたらしい。テスト終わったら,隣の人と交換して解説をききながら一つずつ答え合わせ。
で,新しい単語リストが配られてそのリストにある単語の解説。意味を確認したり発音させたり。

ここまで聞いてて,なんかずいぶんのんびりやってるなあとふと。ちょうどこの日の午前中に自分が別の大学で授業やってたんですが,一回でプレタスクのリーディングアクティビティにメインのコミュニケーションタスク,その後のレポート作成まで息つくまもなく一気に進めたので(それがいいかとかは別として),ひとつひとつ板書して発音確認まで丁寧にやってて大丈夫かなと思ってたんですが,

よく考えたらこの授業は2コマ連続(合計3時間!)で,どちらのコマも受講生がかわらないので,一気にやってると学生がしんどいんですね。ちなみに私は当日やや体調がよくなかったのもありますが,最初のんびりやってると思ってたらさすがに3時間ずっと英語の授業聞いたら相当に疲れました。

つまりここでは学生の負担を考えつつ先生の講義を入れてバランスを取っているということですが,私なんかはあんまり自分が一方的にしゃべる形式で講義してひきつけるのがあんまり得意ではないので,それなりに学生指名しながら安定して講義を回していくような授業もできなきゃいけないよなあと思いました。前期にも彼と話していて感じたのですが,彼のところの学生はまじめで,アクティビティばかりじゃなくてある程度英語を講義で「教授」してほしいという声が実際に結構あったらしく,その声にどれだけダイレクトに合わせるかは別として,学生をみてある程度ニーズに合ったやり方をしようと思ったら,あたりまえですが色んな形式で授業ができたほうがいいんでしょう。その重要性や必要性は先生のビリーフとはまた別のところにある。

その後,リーディングの活動へ。このマテリアルの小説は彼が自分で書いているらしく,読んでみると結構面白いw
前の週は「聞き覚えのある声が聞こえた・・・。」みたいな感じで終わっていて,今週は「目の前が真っ暗になってその場に倒れた――」みたいに引っ張って終わっていて私も続きが読みたくなりましたw
ちなみに彼は前期にはもともと新聞記事などで授業をしていたそうですが,ぜんぜんそちらにはないように興味を示してもらえずにいろいろ考えたそうです。
このマテリアルには先週にテストやった単語が多く入っているらしいですが,あんまりそれで流れが不自然になってもいなかったので,書き上げたら是非出版してほしいと思います。うん。

少々脱線しますが,
リーディングのマテリアルに関する議論にはしばしば真正性(authenticity)の話が絡んで,真正性って重要だとよく言われます。あんま不自然な文を教材として使わない方がいいんじゃないかというくらいの意見には同意しますが,「真正性効果」にはほんとかよと思ってしまうような話も多々あるように思います。authenticな素材のほうがインテイクを促進するという話なんかは言うまでもなく[自主規制]ですが,問題はもっともらしい「真正なもののほうがinterestingでmotivatingだという話」です。そりゃビジネス専攻の人にビジネスで実際に使われる英文を使うとか,工学部生に工学技術系のマテリアルを使うとかで興味を持ってもらうことはあるでしょうが,それって自己関連性や学生の持つ興味,ideal-imageとの一致であって,authenticityは直接的に関係ないんじゃないかなあと思ってしまうような記述を時たま見かけます。そもそも出版されている小説にだって引き込まれるような楽しい小説もあれば三文小説もあるわけで,更には僕は大ヒット作家の村上龍が好きじゃなかったりするのですとか言っちゃうとミモフタモナイですが,考えれば考えるほど,authenticityはそういった「興味深さを構成する要因の一つ」ですらなく,自己関連性等を経由した擬似相関を疑いたくなります。その話に関してはまた思うことも多いので,とりあえずまたそのうち書きます。たぶん。

閑話休題。
リーディングをやって,いくつかのクエスチョンに答えたら,それをグループで相談という流れに。私も片方の大学ではリーディングの授業を受け持っていて,これは悩みどころでもあるんですが,ディスカッションの際にどうもよりできる人があまりできない人に教えるというカタチになりがち。ディスカッションをするには,全員が同じだけの情報を持っていて,ディスカッションに参加する義務が何らかの形で有るとよりいい具合に活性化するんでしょうが,なんかそれに関していい仕掛けがないかなーと考え中です。この授業ではみんなまじめだったので結構協力的にやってましたが,難度が高いクエスチョンによりそういう傾向が見られた気がします。

1時間目の最後は時間が少々余ったので,今日解説した単語を用いてグルグルをしてました。グルグル初めてみましたけどこれすごい手際大事なんですね。彼は中学校の大人数の授業でもこれを実践していたようで大変慣れた感じで,めっちゃ速かった上に背後の人がぽろっと言ったことまで聞き逃さずフィードバックしてて,高度な職人芸だなと思いました。かなり明示的なネガティブフィードバックなので,かなり好み分かれそうな気はしましたが,まあ,既にいろいろ議論されてることだと思いますしここでは深く立ち入ることはしません。

さて,一時間目で脱線もありちょっと長くなってしまったので,また二時間目の分は分けて書くことにします。