【論文】Fukuta, J. (2015). Effects of task repetition on learners’ attention orientation in L2 oral production. Language Teaching Research.

Language Teaching Research(LTR)のOnline Firstに,採択された拙論文が載りました。初の国際誌です。

Fukuta, J. (2015). Effects of task repetition on learners’ attention orientation in L2 oral production. Language Teaching Research.

http://ltr.sagepub.com/content/early/2015/02/17/1362168815570142.abstract

修士論文の直後からデータを集めて,JASELE北海道で発表した内容です。

修論で考案した手法を用いて,これをTask repetitionに適応したら,先行研究で見られなかったものが見れて違った結果がでるのではないか?と思いやってみると,先行研究と全く同じ結果になりました,という研究です。ぶっちゃけあんまり新しい知見はないのですが,task repetitionにおける注意の方向性の変化を直接的に測定することを試みた研究はなかったので(パフォーマンスからindirectにそれを推論したものはそこそこある),タスクの繰り返しをやっている方は指導後のパフォーマンスの変化をディスカッションするときにtheoretical rationaleとして引用して頂けたらありがたいです(宣伝)。

これを投稿した2014年は実に調子の悪い年で,博論もまったく進まないどころか後退を繰り返し,投稿論文は6回連続リジェクトされ,年間エディターキック記録3回(最も時間のかかったエディターキック:6ヶ月),最速リジェクト記録10日,アクセプトない歴9ヶ月,年間最高リジェクト記録を7に伸ばした年でした。

身の丈に合わないところに投稿していたといわれればそれまでですが,もちろん別に国際誌にばかり投稿していたわけではなく,前年(2013年)に通ってたところにも落とされていたので,なんか落ちグセみたいなのがついていたのかもしれません。あと憑いていたのかもしれません。落ちた落ちたと言っていましたが,べつにダメでもいいやと投げていたわけでもありません(それはエディターや査読者の方に失礼なのでそこは強調したい)。ちゃんと毎回通す気で出してるんです,ええ。

居酒屋にいってはタムラに「今出してるやつ全部落ちたらもう査読なし論文しか書かないお・・・」とか弱音をはいて「ほらまだ落ちてないじゃん・・・」「ほらまだLTRあるじゃん・・・」とか慰められるのを繰り返し,そろそろ彼の慰め言葉も底をついてきたのか,あまりにもネガティブ発言を繰り返しまくる私に彼が「ネガるのやめい」としか言わなくなってきたのが年末あたり。

年末(それこそ31日)から実家に帰って全く研究をしない数日間を久々に過ごしたのですが,1/3に父親の実家である岐阜に車で移動中に,LTRから “accept with minor revision”の連絡がきました。

この論文は2回major revisionを行っていて,一回目にA4で20頁くらいのレビュアーコメントを頂き(箇条書きで40以上あったきがする),二回目に新しくでかい修正を求められており,コメントも厳しかったので,2回目もらった時点で「これは載らんだろう」という気分になっていたのですが,頑張った甲斐がありました。

しかし厳しい大量のコメントを見ながら,こんなに細かくしっかり原稿に目を通して頂いたのだからちゃんと真摯に修正しなければという気持ちになりました。査読のやりとりが多いジャーナルほどコメントは多くて細かいですが,そういったジャーナルのレビュアーの方々には本当に頭が下がる思いです。この原稿も査読の中で驚くほど良くなりました。謝辞で感謝を述べたくなる気持ちもよくわかります。

この研究は生前の前田先生にいろいろ相談に乗って頂いた最後の研究となりました。それまでもご相談させて頂いた研究はあったのですが,先生のお人柄などを考慮して謝辞に名前を入れさせて頂いたことはありませんでした。今回は大きなところに掲載されたということで許可を取ってお名前を入れさせていただきたかったのですが,それは叶いませんでした。ただ,生前の先生との会話で

私「あ,この論文,先生のお名前入ってますよ」

先生「ホンマやwwwうん,見た気もするwww」

とかいうやり取りが複数回あったことから,気を悪くされることはないだろうと思い,今回こっそりと謝辞にお名前を入れさせて頂きました。すみません。少しは,教えて頂いたことが身についていますでしょうか。

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論文の書き方(結束性)

メンがヘラったわけではないですが,3日くらいの完全休業状態から復帰しますた。たまには休むのも大切です。

自分の論文の書き方についての備忘録。

研究室で隣の隣に座っている田○くんに論文を読んでもらったら,原稿がコメントで真っ赤になって帰ってきた。

○村くん曰く,「超読みにくいマジ校正出してから持ってこいよ」らしいんですが,とにかく読んだときの印象としては,文と文のつながりがわかり辛いということ。前の文読んでて,次の文に移ると,ん?えっとこれこの話か?ん?ってなるらしい。

なんかなあ,それ卒論のときから言われてる気がするんだけど,成長ねえなあ。いちおう大学で英語も教えているんだけど。

それで,いまようやく修論を投稿用に書き直したんだけど(もうD2ですよ今),その原稿を持っていって先生にみていただいてもらったコメントが,

「現段階ではまだ,段落はトピックセンテンスから始まることを意識したほうが良い」

ということだった。

その基礎基本の構成ができてから崩していくのはアリだけれども,今の原稿では,段落を読み進めていくうちに脱線するところがあって,そこがわかりにくくなっているということだった。限られた分野が似通った人ならわかるのだろうけど,ちょっと外れた分野の人だと,トピックセンテンスに立ち戻れば何について説明しているか理解できるという感覚がないのは読みにくい理由になっていると。

その話をしたら田○村くんは「そうそれ!」って顔してた。

日本語で論文書いてるとそんなことないんだけど,それっていうのはある程度「型」を破っても,段落で話が散逸して収束してないとかにはちゃんと気づいて,意識的にではなくとも,恐らくどこかで修正して話がうまく流れるようにしているということだと思う。英語だと単純に習熟してないので,そういった高次のことに気づきにくい。英語で論文書いて修士だけど学位まで取ってそんなことがいまだにできないのは恥ずかしい限りだけど,できていないのだからしょうがない。

で,今回のメモしておこうと思ったのは,「なんか読みにくい。文法云々じゃなくてとにかく読みにくい。」というのはこれまで言われてきたことなんだけど,上記のような具体的な打開策がまたいくつか出てきたということ。色々な人に原稿を読んでもらってよかった。これを意識しながら書いていったらまた多少よくなるんじゃないかと,ちょっと希望を持っている。

学部のとき当時の指導教員の先生に「英文校正では直らんと思うよ,これ」と言われたのを思い出した。才能ないのは背が低いってことと同様くらいもう別にどうでもいいんだけど,いつになっても奢らずにちゃんと成長せんといかん。

Elicited Imitationに関する文献

を,集めて自分用にメモ。たぶん随時足してくから増えてく。
「なんやん聞いて繰り返すだけのタスクで何がわかんねん」と思うなかれで,けっこういろんな根拠とか実験とか考察とかあって面白いです。
ただこのメモは孫引きやアブストだけ読んでメモってるのも多分にあるから参考にしないでね!

Vinther, T. (2002). Elicited imitation; A brief overview. International Journal of Applied Linguistics, 12, 54-73.
EIの概観。とりあえずこれ読んどけば2002年までの動向はつかめる気がしてる私が勝手に。

Gallimore, R. & R.G. Tharp (1981) The interpretation of elicited sentence imitation in a standardized context. Language Learning 31.1: 369–92.
いっぱい実験やってEIの信頼性と基準関連妥当性を検証した論文。

Erlam, R. (2009). The elicited oral imitation test as a measure of implicit knowledge. エリスの明示暗示の青い本, 65-93.
エリスのテストバッテリーに入ってるけどこういう理屈,みたいなこと書いてある本。本借りっぱなしで92さんすんません。

Sachs (1967)
EI論じるときめっちゃよく引かれる,「3秒とか間をあけると形式的な記憶なくなって意味だけ保持されるっぽい」的なかんじの主張の裏づけになってるアレ。

Sachs (1974)
上のSachs (1967)のエクステンション。もうちょっと刺激提示の感覚を縮めたらどうなるか見てる。

Von Eckardt & Potter (1985)
Sachs (1967)のエクステンション。文を提示された後,話し言葉と絵で提示されたときの反応時間を比較している。語の意味を解釈すると表層的な表象より意味表象に置き換えられ活性化するという話。

Urano, K. (2004). How verbatim is the recognition memory for connected written discourse? 『北海学園大学学園論集』 第120号, 73-83.
Sachs(1974)の部分的追試。書き言葉で提示して,意味処理が行われた瞬間(もしくはその直後)に文字情報は喪失するという研究。

McDade, H.L., M.A. Simpson & D.E. Lamb (1982) The use of elicited imitation as a measure of expressive grammar: a question of validity. Journal of Speech and Hearing Disorders 47.1: 19–24.
直後に繰り返したら意味理解してなくてもできるけど時間がたつにつれて意味理解しないとできなくなっていくという研究らしい。子どもにEIしてもらって刺激提示の時間を変えて繰り返せるかどうかやっている。意味理解課題付き。そうすると記憶力の影響を減らせるという感じ。
ちなみに上の5本は対象がNS。

Spitze, K. & S.D. Fischer (1981) Short-term memory as a test of language proficiency. TESL talk, Quarterly for Teachers of English as a Second Language 12.4: 32–41.
“sensory store”にそんな長いこと記憶保てないからほら形式情報消えたみたいな主張するときに役立ちそうだけどまだ読んでない。
音と視覚両方で提示したら保持の長さ代わって来そうだなー。音と視覚両方で提示すると片方より理解が劣るって研究もあるけど。

Bachman, L.F. (1990) Fundamental considerations in language testing. Oxford University Press.
EIとかCloze testとかってえころじかるばりでぃてぃー的なのなくね?って言ってるのでLimitationで引用したい本。

Kaneko, E. (2013). “Improvement of L2 Speech as a Result of Non-communicative Practices,” the 32nd Second Language Research Forum (SLRF 2013), Provo, Utah.
EIをtesting instrumentだけではなくpracticeとして用いた指導法効果の研究。お会いしたのでスライドいただきました。

おなかすいた。

Fukuta, J. (2013). Representation of Japanese Lexical/Syntactic Compound Verbs in L1 Japanese and Chinese learners of Japanese: Evidence from a Lexical Decision Task. Acquisition of Japanese as a Second Language (『第二言語としての日本語の習得研究』), 16, 125-141.

論文が出ました。本当は冊子が手元に届いたらエントリを上げようと思っていたのですが,発行から一ヶ月以上たっても届かないのでもう上げることにしました。

Fukuta, J. (2013). Representation of Japanese Lexical/Syntactic Compound Verbs in L1 Japanese and Chinese learners of Japanese: Evidence from a Lexical Decision Task. Acquisition of Japanese as a Second Language (『第二言語としての日本語の習得研究』), 16, 125-141.

日本語における複合動詞(e.g., 禿げ散らかす)の表象について,L1日本語話者とL2日本語学習者(中国語話者)による語彙性判断課題の結果を比較しました。日本語学で言われている二種類の(語彙的・統語的)複合動詞の表象に関して,PinkerのDual-mechanismが適応されるという先行研究に対して,L2学習者の知識表象に関しては両方ともなんかこう確率論的学習が働いてるっぽいんじゃないか的な結果を提示しています(論文ではもうちょっとちゃんとした言い方をしています)。

内容としては,コーパスでいろんな条件を統制して,頻度効果を元にちょっとトリッキーな心理実験を組んでいます。自分としてはけっこう気に入っている研究です。日本語教育に直接貢献する研究というよりどちらかというと心理言語学的なアプローチのSLAなので,英語で書きました。

Dual-mechanismとかDP理論とか確率論的学習とかに基づく心理言語学的な文法習得研究には興味はあったのですが,これが初の研究となりました。『第二言語としての日本語の習得研究』は『日本語教育』と並んで日本語教育の分野ではインパクトのある学会誌なので,同じタイミングで二本載せることができたのは大変嬉しいです。

そろそろ英語の習得のほうもだんだんいい結果が返ってくるようになるといいんですが・・・w

Fukuta, J. (2013). The effects of task demands on oral performance and noticing of EFL learners in paired simple and complex tasks. JABAET Journal, 16, 51-71.

昨年の11月の,JABAET Journalのリサーチノートに拙原稿が掲載されました。
Fukuta, J. (2013). The effects of task demands on oral performance and noticing of EFL learners in paired simple and complex tasks. JABAET Journal, 16, 51-71.
複雑なタスクと単純なタスクを行った時,外国語学習者のスピーキング中の注意配分はどのように異なるかを研究した論文です。タスク間で注意指標の変化は見 られませんでしたが,複雑なタスクはより複雑な言語使用を促し,複雑な言語使用を行った学習者はタスクの違いに関係なく今回扱った目標言語項目(分詞の形 容詞的用法)に注意を向けやすいことを示唆しました。また,発話の複雑さ・正確さ・流暢さから注意を測定することの限界について論じました。

この原稿は幾度とない書き直しを経てそれでもクソ長いこと手元に残っていてやっとはけた苦楽を共にした記念碑的な原稿です。

データは私が卒論のときに取ったものが元になってます。その後データを加え,2011年のJASELE山形で発表し,論立てを色々変えまくって現行のものに至ります。

2011年にある学会誌に投稿してみて,それが私にとって初めての投稿となったわけですが,リジェクトを食らいました。査読コメントを読んで,確かに今のこのレベルじゃまだリジェクトもしょうがないなと自分の中でも思ったので,先行研究のレビューとディスカッションを全て破棄して1から書き直し,2012年の夏ごろ別のジャーナルに投稿しました。
そうしたらレビューには3ヶ月かかりますという連絡があったのに3週間でリジェクトされました。よっぽどダメだったのでしょうか。このジャーナルは一瞬で査読が終わったのにものすごく丁寧なコメントがついていたので,それを参考に今度は論文全体を破棄してまた1から書き直すという行動に出ました。まわりからはずいぶん止められましたが,修論を書く前にこれだけ一つの研究で「ダメ出し→書き直し」プロセスを繰り返すことができたのは自分が大きく成長するきっかけになったと思っています。実際,最初に出したときよりはずいぶん良くなってると思います。
もう修論のデータ取らなきゃというのに必死に書き直した甲斐あってか,原稿に対するコメントがこのころからやっとだんだんリサーチデザインに向くようになってきました。この辺はもうデータ取り直せないので,分析方法を何度も修正して,再査読を2回ほど。JABAETの査読者の方々は本当にしっかり原稿を読んでコメントを下さり,自分でも原稿が目に見えて良くなっていくのを実感できました。最終的になんとかリサーチノートに掲載,という感じで今に至ります。なんとか形になって嬉しいです。
この論文が掲載されるまでに他の論文が2本採択(共同もあわせると3本)決まって修士号も取れちゃったくらいの年月を要しましたが,本当に勉強させてもらった論文でした。
この研究でリサーチデザインを何度も何度もツッコまれ,私自身かなりそこに注意が向くようになりました。元々私の所属している講座がデザインに厳しく,博士前期の2年間はそこに対して入念な指導を頂いていたということもありますが,これらの経験が,修士論文で行った36パターンのカウンターバランスという,タスク研究ではあまり類を見ない変態デザインを生み出す結果となりました。このJABAETの研究のデータも嫌いじゃないんですけどね。人間て複雑なのだなあと実感させられる―――悪く言えばきったねえデータなのですが―――自分自身でいろんな解釈が広がって面白いデータでした。論文には,妄想を延々と連ねるわけにいかないので,ほんの一部しか書けませんでしたが・・・。
ただ,この後にやった研究ではリサーチデザイン自体でぶっ殺されることが極端に少なくなったと思います。逆にここのところ「リサーチデザインは緻密なのだがディスカッションがつまらない」という指摘が多く,次はそっちを強化しなきゃだなあと,それが新たな課題となっています。

さて,この原稿は手元にあった時間が長かったので,思い出を語っていたら長くなってしまいました。興味がおありでしたらご一報ください。

『日本語教育』156号「上級日本語学習者による目的を表す「ために」と「ように」の習得 ―「ために」の過剰般化は中国語話者に特有か―」

クリスマスももう終わろうとしておりますが皆様如何お過ごしでしょうか。
 
 

さて,先日,私の関わった論文が出版されました。
福田純也・稲垣俊史(2013)「上級日本語学習者による目的を表す「ために」と「ように」の習得―「ために」の過剰般化は中国語話者に特有か―」日本語教育 156号,pp31-44

ですが,その論文の中に深刻なミスが見つかりました。
39ページの図2と図3が丸々逆になっています。各図のタイトルはそのままで、2つのグラフを入れ替えたものが正しいものなります。
本文を読んでいくと全く図と説明に整合性がないので混乱してしまいます。
採択されたときに提出した原稿までは正しかったのですが,聞くところによると印刷所の手違いで入れ替わってしまったそうです。
図の元になったExcelファイルの提出を求められていたので,細かい修正を加えて下さったのでしょうか,その後差し替える際に間違ってしまった感じなのかと思います。非常に似た図なので,ぱっと見気づきにくいです。
私の方にもwordファイルで「初稿」というのが届いていたのですが,まるまる入れ替わっているとは思わず,また確認に与えられた期間も短かった上にその期間が学会ラッシュの忙しい時期と重なってしまったので,私も見落としてしまいました。言い訳ですが,悔しいです。pdf版のいわゆる「著者最終稿」みたいなのはなかったのですが(あると思って油断したところもあり・・・言い訳ですが),もう一度くらい見直す機会があれば・・・。言い訳になりますが,うう。
年明け前には訂正メールが一斉送信され,ウェブ上でも訂正告知があるようです。
初『日本語教育』だったので大きなミスが残念ですが,学会誌編集委員の方々には迅速で真摯な対応をしていただきました。心より感謝しています。
 
 

さて,この論文を書いた経緯としては,
私がM1の頃,現在博士論文の指導をお願いしている先生の一人である,稲垣先生の第二言語習得論の授業の最終レポートで,何か一本の論文の批評を書いてくるという課題が出されたので,
せっかく一流の研究者である先生の授業なのだから,先生の論文の批評を書こうと思い(今考えたらちょっと恐ろしいことですが),稲垣(2009)の日本語教育の論文を対象に書きました。
「ために」と「ように」の用例から仮説を立ててコーパスを調査し(といっても200弱の例に用法別のタグを付けただけなのですが),日本語ネイティブにプロトタイプの質問紙を配って(といっても5人くらいの小規模なものですが),
もしかしてタメニの過剰般化は母語の転移ではなくとも説明できるのではないか,と結論したものでした。

今思えば論が粗い上に結論的にずいぶん喧嘩腰のレポートですが,先生に提出したところ,寛大にも「面白いから実際にデータ取ってみては」ということになったので,追実験ということで先生にも協力して頂きデータをとって,先生におんぶにだっこしていただきながら結果を解釈をし直したものを学会誌に提出しました。結果的に,タメニの過剰般化は母語に関わらず起こるが,中国語話者に関しては母語の転移により特有の過剰般化がみられる,という結論になっています。
査読のプロセスでも先生に多大なサポートを頂きながらなんとか採択に漕ぎ着けました。どの段階でも初めて尽くしで,博士前期課程の段階でこのようなプロセスを経験出来たのは大変貴重で勉強になりました。
色々と「次研究の課題」みたいなのも多いですが,抜き刷りを頂いているのでご興味がある方はご連絡下さい。

Godfroid, Housen, & Frank Boers (2010). A procedure for testing the noticing hypothesis in the context of vocabulary acquisition.

メモ

前読んだ

Putz & Sicola (eds.) Cognitive processing in second language acquisition; Inside the learners mind. の中の実験論文。

視線計測でnoticingみて語彙習得↑↑

 

視線計測でnoticingはその後もGodfroid先生を主に2013年のSSLAに数本。

視線が語彙のところで止まった時に学習者が認知的に何してるのかっていうのが気になるところ。lexical inferenceをしてるんじゃないのか?

だとすると統語的なものとちがって語彙の場合はnoticing hypothesisのperception/noticing/undersitandingとは違う枠組みで議論したほうがいいんじゃないかと思ういろいろ。noticing hypothesisのformには語彙の形式的側面も含まれているみたいだけど。

あと反応時間でもそうだけど,認知的プロセスに関しては反応時間の差を説明するモデルとそれに基づく仮説がしっかりあって,その検証として反応時間とかを見て議論するわけであって,反応時間は認知的プロセスの違いを表してる→その差を後から説明する,ってのってちょっと色々無理がある気がする。

いやまあ,「気づき」は視線の停留回数だとか時間に現れるって仮説なんだろうけど,うーん。

Dual route model (Colthart, et al., 1997; Harley, 2001)なんかも反応時間の差を説明するモデルであって,反応時間の差が現れた時にいつも処理ルートの違いが表れているというボトムアップ的なものじゃないから色々難しいんだよなあって最近なんか色々考えててふと。