2015年のまとめ

WordPress.com 統計チームは、2015年のブログの年間まとめレポートを用意しました。

概要はこちらです。

サンフランシスコのケーブルカーには60人が乗車できます。2015にこのブログは約3,200回表示されました。ケーブルカーに置き換えると、約53台分になります。

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英語テキストのサンプルをみて

最初の更新は2015/12/24ですが,随時新しく見たテキストの書き加え等で記事編集を繰り返し行っています。現在の最終更新は2018/2/2です。

 

今(2015年12月現在)まで受け持った大学の授業は自由度が高く教科書の指定もなかったので,私はこれまで,ほとんどの授業では教科書をあまり使わずにやってきました。もちろん信頼できる英文を一から書くのは難しいので,いろいろなところからマテリアルをもってきてそれをもとにワークシートを自分で作ったり,コミュニケーションタスクもどんな活動が出来るか日ごろから考えてネタをストックして時間があるときにプリントを作ったりだとか・・・。

テキストブックは丸善とかジュンク堂とかに行くたびによく英語テキストコーナーみたいなのに寄ってぱらぱらめくってはいるのですが,なんかこれ!っていう感じのテキストブックに出会わなくて(概ね好みの問題ですし,まあ今思えばテキストブックをそんなに知らなかっただけです),あまり使ってませんでした。教員キャリアスタートして4年くらいノーテキストブックでフィニッシュでした(副教材的に学校指定のTOEIC対策本とか使ってたことはある)。

ですがいろいろ思うこともあり,自分も教科書を有効に使って授業ができなきゃいけないなあと思い,2016年くらいからは学会でも教材の企業展示コーナーをよく回ってて,そこで気になったテキストのサンプルをもらったり送っていただいたりする機会に恵まれました(専任教員になったある日,「サンプル送りますよ」と声をかけて頂いてそれからよく送ってもらうようになったのですが,そういうシステムあったんですね,院生に非常勤してた時代なんか知らなくて自費で教科書買ってました・・・)。

以下には備忘録も兼ねて,使ってみようかなと思ったテキストブックを取り上げ,思ったことを書いてみようと思います。

 

■リーディング関係

CONNECTION 3─Intermediate Level

レベルはいろいろあるみたいですが3しか手元にないです。

この教科書はリーディング系で,読解前活動→読解→語彙系課題→理解度チェックと進むスタンダードなものです。リーディングテキストとしては最小構成です。語彙のアクティビティや理解度確認問題は自分でマテリアルを用意すると作るのが本当に大変なのですが,そういうところが含まれていてありがたいですし,個々の課題も面白いです。英問英答の語彙課題はそのままTOEICのようなテストの対策にもなりそうですし,一部の読解問題は「パッセージに直接書いていないから自分で推論して記述しなければならない」問題になっています(推論を促す問題はどうやらこのIntermediate levelからのようで,CONNECTION 2より下のレベルにはついていないようです)。

こういう行間を読んで議論できるような読解問題は,自分でも頑張って作ろうとするのですがなかなか難しいんです。学生さんにも,テキストをよーく読んでこういう問題を作ってきてもらうというタスクを宿題としてやってきてもらったりするんですが,一通りこの問題をやると自分でもどういう問題を作ったらその後の議論が盛り上がるのか分かってくるのではないかと思います。

全体的に,一からやると最も大変なマテリアル探しとそれに即した語彙・理解度チェックの設問がついておりその質も高く,かつ最小構成だからこそこれをもとに色々な活動をプラスアルファで導入しやすくて嬉しいと思いました。事前活動や事後のディスカッションも題材が用意されていてやりやすいので,自分の授業では,内容を把握しディスカッションしたあとにそれを元にしたサマリーライティング活動なんかに使ってみたいと思います。

 

A Visit to Amazing Kansai-based Companies

この教科書はビジネス系の学生が興味を持ちそうな話題をとりあげています。理解度を確認するための課題ももちろんついていて,そのバリエーションも多く飽きが来ないテキストだなと思いました。

このテキストに特徴的なのは,一貫してある人や企業の歴史を紹介しているので,読解活動として時系列を問う問題が多くあることです。特に,毎ユニットの一番最後に,本文をもとに年表を完成させるタスクがあり,これは意味中心の読解サマリーとして面白い活動だと思いました。

ただ毎回ついているcompositionという課題が・・・自分で企業について色々調べて報告する際に,その報告が文章の穴埋めするだけというのが少々気になりました。たぶん形式フォーカス的な活動という位置づけなのでしょうけど,せっかく学生が自分から調べて報告する活動なので,もうちょっと幅を持たせたほうがいいんのかなあとも思います。そこが気になるだけなら,教師自身がこの活動をヒントにしてプロジェクト型タスクとかに改変すればいいので,まあやり方次第なのですが。

 

Collins Communication for International Business: The Secrets of Excellent Interpersonal Skills

上記はアマゾンリンクです(念のため,アフィリエイトではないです)。これは英語授業用テキストではなく,ネイティブ向けのビジネスコミュニケーション入門書です。ただ丸善のテキストの棚で見つけました。

ネイティブ向けなのですが,かなり平易な英語で読みやすく,ページ数もけっこう多いので,入学したばかりの,英語をまじめに勉強してきたビジネス系の大学一年生にオーセンティックな英語を沢山読んでもらいたいという私の意図にピッタリあったマテリアルでした。もちろん理解度チェック問題はついていないので,そのあたりに関しては適宜自分でワークシートなどを作る必要がありますが,ちょくちょく読者の考えを煽る記述も多いので,それを元にインタラクティブに議論しながら進めることができました。

 

Reading Stream – Elementary

色々なレベルがあるようですが手元にあるのはElementaryです。

15ユニットからなる,社会や経済に関するトピックをあつかったリーディングテキストです。

サイトの目次を見ていただいてもわかりますが,それぞれのユニットに「トピックセンテンスとパラグラフの構造を理解する」とか「定義を示して例示する」とか「コミュニケーションのスタイルを理解する」などといったテーマが設けられています。

事前活動でスキーマを活性化させて,1ページ分の読解テキストがあり,事後活動(要約や理解度確認問題)へと流れるスタンダードなリーディングテキストですが,事後活動には,グラフィカルなシートに読解した内容を書き出していって内容をサマリーするという面白い活動が収録されています。このような感じでどの収録パッセージにも,どのような原因からどのような結果があったのかとか,時系列の流れがどうなっているかなど読み解かせて図を完成させるといった課題が付属しています。音声ファイルも付属しているらしく,リーディングをメインに色々な活動に活用できそうなテキストです。

応用としては,T/Fの内容確認から一歩踏み出して,この図を完成させることで内容をまとめ,徐々に慣れてきたところで最終的にはこういった図自体を書いてもらうというタスクも考えられます。また要約を発表したりしてもらうとリーディングとスピーキングの統合的な活動にもなりそうです。

 

CLIL Global Issues

たまたま研究室で前任者かだれかが置いていったテキストに目を通していたら発見したもの。
人種差別やエネルギー問題,絶滅危惧種などについてアカデミックなテーマを幅広く扱っています。
特筆すべきは,タイトルにもあるようにCLILのテキストなので,また図表を読み取らせたり図表に書き込んだりする能動的な読みを促す工夫が多く,その後も自身が思ったことをまとめたりディスカッションをしたりしやすい多くの良質なプロンプトが収録されていることです。
CLILにこだわった先生方の執筆した教科書ということでさすが丹念に練られていて,教科書にそってやっていくだけである程度,質の保証された内容中心の授業ができるのではないでしょうか。
このような内容中心の活動というと,「文を読めているかどうかもわからないのに内容中心なんて!」となる人が多いのですが,ただのTorF活動をするのと図表を読み取らせたりするのは「文が読めていたかどうかわからない」具合で前者がそんなに優れているとも思えませんし,大学生としてせっかく内容のあるコンテンツを題材として学んでいるのなら,「読めたかどうか」だけで終わるのももったいないもの。

ディスカッションはとりあえず日本語でやったとしても,それをもとにさらにマテリアルに戻って深く読めるなら,日本語を使った「英語の学習」としても十分機能すると思います。
ともあれ,こういった内容が扱えそうな授業の受け持ちになったときは是非活用してみようと思いました。

 

Reading Explorer

こちらは教科書についている課題やインストラクションが面白いので,自分であまりタスク自体の準備に時間を取られず発問ベースで取り掛かれそうな教科書です。CENGAGEのNational geographicと提携してるシリーズは内容的に面白いのが多いような気がします。読む量が結構多いので,(消化しきれないと文句言ってる先生も結構いましたが,)別に適宜飛ばせばいいんじゃないかと思います。レベル別にいろいろあるので合わせやすいです。

 

■リスニング+α

Q: Skills for Success

Listening and SpeakingとReading and Writingがあります。1の下にIntroというのがありますが,1からが構成的にも内容的にも面白いと思います。このシリーズの2つ,構成は似てますが,Reading and Writingは結構ライティング目的で使えそうなのでそのうち使ってみたいと思います。ものすごく教養が必要そうなパッセージが載っているわけではないですが,思考を促す良質なテキストやインストラクションが載っていて,テキストの重さと活動とのバランスがいいです(つまりテキストの内容を何とか消化させるだけで終わる,というような悪い意味で難解なテキストになっていない)。上記のReading Explorerのように,テキストにそのまま沿ってやっていっても消化しやすい作りになっているので,余計な手を加えなくても発問ベースで進められる教科書だと思います。

 

Keynote

これもQ: Skills for Successと雰囲気が似ている気がします。スキーマを掻き立てる写真や図表が豊富で発問を投げやすく,かつ構成もしっかりしているので,手を加えなくてもそのまま使える教科書です。これを使うなら,あえて補助プリントとか作るのに一切の時間を割かず,発問やその受け答えの想定を練るのに時間をかけたほうがいいと思います(脱線を許さずライブ感がなくなるほど発問を作りこむという意味じゃないですから,念のため)。個人的には2くらいから面白いです。

TED Talksのリスニングなので,オーセンティックなのに慣らすのに良いですが,それがゆえに最初は学生が苦労するかもしれません(悪いことではないです)。

 

■スピーキングやコミュニケーション関係

Widgets: Task-based course in practical English

これはtask-based language teachingの理念にもとづいた教科書みたいで,前から気になってはいたのですが,北海学園大学の浦野研先生が使っていらっしゃるということでサンプルを取り寄せました。統合的なスキル育成が目的だと思いますがコミュニカティブな色が強いテキストです。

ただTBLTにもとづいているので,ほかのコミュニケーション主体の教科書とはかなり色が違います。「この表現,単語,文法を使ってコミュニケーションしましょう」とか「事前に準備してそれを読み上げてコミュニケーションする」という感じは全くないです。この教科書を配って,「はいじゃあこれについて英語で議論してください」といったところで学生は葬式のように口を閉ざすでしょう。かといって事前にその議論で使うリソースを全部教えてそれを使ってコミュニケーションを行ってしまうとこの教科書のよさが失われてしまいます。他の教科書を使ったコミュニケーション系授業でもそうでしょうが,それ以上に,いかに学習者が英語使用しやすい状況を作り出しinvolvementを高めるかがキーになってくると思います。また当然,事前に表現や単語文法が与えられるときより単語単位の発話や断片発話が多くなるでしょうから,それに対して教師には忍耐力が求められるでしょう。来年はどこかでこのテキストブックを使いたいと思うので,リソースを教授する以外でどのようなプレタスクが行えるか考えて,上手く行った活動やいかなかった活動も含めシェアしていけたらと思います。

 

21st century communication: Listening, speaking, and critical thinking

内容中心で重厚な感じですが,タスクの指示も明確で使い勝手のいい教科書です。ぱっと見難しめですが,逆にこれほど学生が興味を持ちやすそうな内容なら,先生はインタラクションの中でパラフレーズしたり重要な部分を繰り返したりして咀嚼しやすい形に持っていきやすいでしょうし,そういったスキルを私(先生)自体が学ぶのにいい教科書だと思いました。

いい意味で本文の分量が抑えられており,分冊版なら1ユニットを3回の授業で終わらせるというペースで学習が可能です。その分先生は生徒とのインタラクションや生徒が考える時間に割くことができ,しっかりと教科書の内容を消化することができると思います。

 


これを書いて思うに自分は,「タスクを作るのに都合のいいマテリアルが多くある教科書」か,「まったく自分で手を加えなくても良質な発問・インタラクションが行える教科書」という一見背反する特徴をもつ教科書が好きみたいです。

あるとき指導主事の先生がおっしゃっていたのですが,「まず自分で手を加えなくても質の高い発問やインタラクションを行える教科書を使えば,多忙な中でも推論発問や生徒の反応を想定して授業を行えるし,かつそこに集中することでそのような発問やインタラクションの技術が磨かれる。そのスキルを身に着けた上で自分でタスクを作ると,作成したタスク自体の質が上がるということがある」とのことでした。確かに,せっかく時間をかけたお手製のタスクがあまり面白くないという状態は,そのタスクを使うと生徒の反応がどうなるかという見込みが甘いことによって起こることがしばしばあるような気がします。

逆に私なんかは,もともと教科書の縛りが全くないところから英語教師としてのキャリアがスタートしました。未熟ながらにも,静大の同僚の亘理先生と同じように「つまらない授業やるなら舌噛んで死ぬ教」信者なので,事前に時間をかけて面白いタスクを作ろうとするのですが,いかんせん教科書がないゆえにマテリアル探しから初めねばならずタスクづくりにクソ時間がかかり,面白いタスク作ったらそこで終わりみたいなところがあり続けたなあって感じの反省もあります。そのせいか自分としては発問とインタラクションによって生徒の思考を引き出す技術がまだまだだなと感じることが多いため,もう少し英語教師としてステップアップしようとしたら,質の高い教科書を使って,推論発問とインタラクションに集中して授業を行って技術を磨くべきかもしれません。

教師は教壇に立った時点で完成されたものでなければならず,「完全なる知」の伝達者であるという考え方に反対する自分としては,教師も学生とともに学んでいかなければならないということを忘れないでいたいと思います。そのような観点からみると,教師を成長させてくれるテキストブックというのも良い教科書のひとつなんだなと思います。

さて,テキストブックを題材に自分の授業を念頭に思ったことをつらつら書いてみましたが,使用感や,付加した課題などまた書いていければと思います。

 

最近読んだ本(2015年夏)と,本を読んで思ったこと

自分用メモ。

なかなか目先の研究に必死で論文しか読めない学期中と違い,長期休みは本がすこし余裕を持って読める。以下はこの夏休みに読んだ本と,読んでいる途中で夏休み中に読みきる予定の本。

  • Mike Long. Second language acquisition and task-based language teaching.
  • 西口光一『第二言語教育におけるバフチン的視点』
  • ジェリー・H・ギル『学びへの学習 新しい教育哲学の試み』
  • パウロ・フレイレ『被抑圧者の教育学』(三砂ちづる訳)
  • ジョン・デューイ『学校と社会』(毛利陽太郎訳)
  • 後藤バトラー裕子『英語学習は早いほど良いのか』
  • 戸田山和久『哲学入門』
  • 内田良『教育という病』
  • レフ・セミョノヴィチ ヴィゴツキー『思考と言語』(柴田義松訳)
  • ピエール・ブルデュー&ジャン=クロード・パスロン『再生産』

私の指導教員の先生の誰かがここを見るかもしれないので一応付け足しておくと,これは博士論文執筆の合間に息抜きがてら読んでます,あの,はい。大丈夫です。博論ちゃんとやってます。

デューイとヴィゴツキーは学部生の頃からの読み返しで,ブルデューはまだ途中で全部は読んでいない。

なんでこんなにSLAっぽくない本ばかり読んでいるのかというと,Longの2015年に出版した上記の本で,TBLTの”Philosophical underpinnings”の章があり, “individual freedom”や”emancipation”とかについて教育思想を引いて言及しはじめたからだ 。Long的にはこういう考え方は昔からあったのかもしれないが,こういった観点から著したものはなかったのではないだろうか。これは画期的なことだと思う。そもそも,(第二言語習得における)TBLTは認知的アプローチのSLA発で,ほかの似たような背景から出てきた教授法と同じく,こういった議論が大変少なかった。多くのSLA研究者はこっちの方が効果的だ,あっちのほうが効果的だという議論でしか教授法を評価していなかったし,(しかもその議論自体エビデンスベーストのアプローチからみて微妙だとか批判されたり,)その「効果」というのも,いかに記憶に定着しやすいかという議論に限られていた。もちろん外国語教育にその観点は極めて大切ではあるが,それは評価されるべき一側面でしかない。

幸いにして私の周りには学部生のときからそういう認識の人が少なくなく,認知的アプローチをとるSLAerとしてはずいぶん前から私も自覚していて,そういった思想的な部分はちょこちょこ勉強しなければと思い目について気分が乗る限り読もうとしてきたのだけれど,現在の状況でそんなの勉強しても僕程度の理解では業績にもならないから就職遠のくし,そもそもこれ系の話になると何言っても誰かに怒られるしで気乗りせず,あまりきちんとできないでいた。Longの記述をみて,これからようやくそういう議論はいよいよ活発になると思い,これはタスカーとしては再び腰をすえて読み込まなければいけないなと思った次第。考えたことは今後も書いていきたいので,浅学ゆえに変なこと言うかもしれませんが,ご指摘をよろしくお願いします。


それはそうと,ここから話は大きく変わるけれど,ギルとフレイレと内田氏の本を読んでいて,寺沢さんのこの記事の記述を思い出した。

批判的応用言語学の「批判的」に関する誤解

このようなコンフリクト的な社会観は、たいてい、一般の ―ナイーブな、というと怒られるんだが笑― 人々を困惑させ、ときに、不愉快にさせる。「なんでそんなに穿った見方しかできないの?」と。実際僕も言われたことがある。

またこの記事には,批判的応用言語学におけるコンフリクト的社会観は,「悪意を持った『権力』がいるせいで、この社会には、言語差別や抑圧的な言語教育政策が存在する、そうした隠蔽を科学や合理性の力で暴けば解決、という考え方」と混同させてはならないという記述がある。ということは混同している人もいるのだろう。直感的にもたくさんいそうだ。

マルクス主義やポストモダンの「権力が社会構造を介して弱者を支配するという見方」って,その立場に合意するかどうかはともかくとしても,かなり理解されにくく,誤解されやすいもののような気がする。私自身そういう見方に始めて触れた学部生時代に,わかったようなわかっていないような気になって,結局「具体的な事例はわからないがそういう目に見えない力学が働いてるんだろう,どこかで」くらいの理解だった。その内容をそもそも寺沢さんが言うところの「調和的社会観」と極めて親和性が高い教育というコンテクスト(=教育はよいものだという考え)に当てはめると「穿った見方」と見られがちなのは当然かもしれない(というのは内田先生の本を読んで強く感じた)。マルクス主義やポストモダン的な見方をとらない人なら尚更である。

例えば,ギルの本では,フレイレについて触れる際に,この哲学思想が多様な教育的文脈に適用されるには限界があると指摘する。これはフレイレの識字教育を行っていたようなコンテクストといわゆる「先進国の政治環境」ではそういった構造が根本的に異なるという前提に立っていることを示唆している。示唆っていうか,「こうした方法は第三次世界以外の教育にとっては不適当なものになってしまうのではないかという問題がある(p. 244)」という明確な記述もある。その上で,フレイレの教育思想を「先進国の政治環境」における教育の文脈にどのように適用できるかという考察を行っている。マルクス主義やポストモダンでは,そういった抑圧構造はあらゆるコンテクストで生じ,それは彼らにとって自明なことだと思うので,このギルのような記述はしないだろう。たぶん。わかんないけど。

一方でこういった見方を紹介する際に,フレイレの例を提示することは有効だろうと思う。支配と抑圧の関係が顕在化している文脈でフレイレが見出した教育の伝統的様式に対する政治的観点からの批判を理解することで,その教育に関するよくあるイデオロギー(=調和的社会観)の問題点がはじめて具体性を持って認識されるのではないか。

セルフアーカイビングと著作権に関する覚書

 近年はネットの発達で,自分のサイトや研究者用SNSで自身の論文をアーカイブし,多くの研究者に閲覧可能な形にするケースが増えているようだ。

特に近年は図書館も財源が厳しいそうで,私の所属している大学もどんどん電子ジャーナルの契約を打ち切っているので,それならばとできるだけセルフアーカイビングして多くの研究者の方々に自分の論文を読んでもらおうとする人は多いかなと思う。で,私もそうしている。

ただセルフアーカイビングは出版社が持つ著作権の問題なんかもあり,結構躊躇するひともいるのではないか。私も各出版社やジャーナルのポリシーを読んで,色々読んでそれなりに勉強してからアーカイブを始めたけれど,やはり法に触れる可能性のある問題だから最初はドキドキしながら載せた。

そこで,その際に学んだことをここに書き留めておこうと思う。これでセルフアーカイビングが進んで論文のアクセスが容易になればいいと思う。ただここに書いてあることを参考にして失敗しても責任は取れません(お約束の台詞)。

まず,論文を投稿する前の原稿はプレプリントというらしい。欧米ではこのバージョンの著作権は出版後のバージョンと違い自分にあると考えられているそうなので,多くの国際誌はこのバージョンをセルフアーカイビングすることを許可しているよう。確かに,大量の査読コメントをもとに段落単位で消したり増えたりするような修正の前後では論文の体裁が劇的に変わったりもするので,著作権の所在が違うというとそういうもんなのかなあとも思う。

ただこの認識が日本のこの分野でどの程度持たれているかというとよくわからない。いろいろ細かい事情は知らないが,ひとつとしては日本の学会誌では原稿に最初から図表を著者本人がレイアウトし,出版後の体裁でページ数なんかの規定もある。つまり投稿時点で最終稿と同じ体裁の原稿の提出が求められ,一発で採択/不採択が決まることも多いので,査読のやりとりの前後で比較的論文の体裁に変化がないこともあると思う。それを考えると,最終稿とほとんど変わらないものがセルフアーカイビングされるのはまずいのかもしれない。

だから,その辺の細かいポリシーが明記されてない場合,「プレプリントは俺のや!」といって許可を得ず公開してしまうと問題が起こるかもしれない。というわけで,私も国内の学会誌に掲載された論文は,公開が許可されていない場合はセルフアーカイブしていない。

査読を経て掲載が決まった原稿をポストプリントというらしい。よくポストプリントのことがプレプリントと呼ばれているのを耳にするけど,厳密にはそういう区切りがあるみたい。

このバージョンの扱いはかなり出版社やジャーナルによって異なる。

私の経験したケースでいうと,SAGEが出版しているLanguage Teaching Researchはポストプリントもセルフアーカイブしていいらしい。

一方,Oxfordが出版するApplied Linguisticsはプレプリント,つまり査読が入る前の記事のセルフアーカイブを許可しており,ポストプリントは出版後一定の年数が経過したのちにセルフアーカイブが許可されるようだ。

出版校正が入り,ページ番号が付与されたりジャーナルのロゴが入ったりしている最終稿バージョンは,大抵のジャーナルがセルフアーカイビングを許可していないみたい。ただ「許可なく公開することは禁止」という書き方のところは結構あるので,許可を取ればこれももしかしてアーカイブできるようになるかもしれない(でも正式に出版社でオープンアクセス公開にするには結構なお金を払う必要があることを考えると,許可はなかなか下りないのかもなーとも思う。ただこの原稿をセルフアーカイブしている人も国外ではしばしば見かけるので,それはお金を払ってオープンアクセスにしているからか,もしくは案外許可が下りるからかもしれない。そうじゃないケースもあるかもしれないけど私にはよくわからないぷう)。

どの段階でセルフアーカイビングが許可されるかに関しては,そのポリシーを色で分類したRomeo Colorというものがあり,以下のサイトにジャーナル名を入力して検索するとその色が表示される(http://www.sherpa.ac.uk/romeoinfo.html)。

私はこのサイトでチェックした後,細かいところはジャーナルのポリシーを読むことにしている。
おしまい。

PPPとタスク―原理的定義からいくつかの譲歩を考慮した場合の,その類似点

愛知学院大学で行われたDr. Hosein Nassajiの講演会で,奈良教育大学の佐藤臨太郎先生を中心に,EFL環境では明示的知識がどれほど重要かという話題になり,それがPPPとタスク中心教授法(Task-based language teaching, TBLT)の話になり,懇親会でも活発に話し合われていた。特に,あまり多くは聞けなかったが,タスク中心教授法で著作も多い名城大学の松村昌紀先生とのやりとりがとても興味深かった。
その際に,私は「佐藤先生と松村先生のご意見は,目的はもちろん,その道筋に関してもあまり大きく違うようには思えない」という発言をして,「そうか?」とか「うん。」とか色々な反応を頂いた。その発言の直後に時間切れになってしまったので,それ以上の議論は叶わなかったが,その時に考えていたことをもう少しここで整理して書き留めておこうと思う。

陳腐な逃げ詞かもしれないが,ここにメモしたことは,第二言語習得の研究者としても駆け出しで,それを勉強しながら授業で試行錯誤を繰り返しているいちぺーぺー英語教師の主観的感想が多分に含まれている。したがって,ここに書いてあることはInstructed SLAにおいて提案されている概念・思想を過不足なくまとめたものでもなければ,これをもって日本の英語教育がどうあるべきかを提言するような意図も全くない(後記: 書き終わってから見ると,二人の尊敬する先生方に対して勉強不足の半人前院生がドヤ顔で「セイセイ」とかやってる画が浮かんで,なんか不本意にも生意気な文章かな…とも思ったりしますが,うまい書き換え方がわからないのでとりあえずそのまま公開します。ごめんなさいごめんなさい)。ただ,こういう考えで自分が研究なり授業なりを行っているというのは事実なので,そんなんじゃダメだとか,考えが甘いとかいうご意見は,自分の成長のためにも歓迎したい。

まず前提として,PPPとTBLTはどちらの立場も「実際の言語使用をおこなう機会を提供する」という観点では相違はない。私の理解が誤っていなければ(誤っていた場合,訂正をお願い致します。。。),佐藤先生はPPPを基調としながらも,文法の教授は「inductiveでもいいし,reactiveでもいい。ただ文法項目に対する明示的知識を教授する機会はあるべき」ということだったと思う(浦野研先生がとある研究会で,佐藤先生本人に対して,佐藤先生は「言うほどPPPじゃないよ」と仰っていたのが印象的だったが,この”inductive/reactiveでもいい”という点が佐藤先生が厳密なPPPから譲歩する点だと思う。とはいえ,オーラルイントロダクションはそれを重視する度合いによっては完全にinductiveが念頭にあるし,工夫次第ではreactiveな指導といえるところに持っていくこともできるのだろうけれど)。一方,松村先生はTask-basedを理想としながらも,それは文法指導行うべきではないということを意味しない,というご意見をお持ちであると理解している(これもWillisなどをはじめとして,そういった立場はTBLTを掲げる人たちの中でもそんなに少数派ではないが,Long提唱するような「原理的な」TBLTからの譲歩と捉えることもできる)。

EFLで明示的知識が大切というのには私もそうだよなあと思う。しかしそれはEFL環境では学習者の習得メカニズムが異なる(たとえばESLではweak interfaceなのにEFLだからstrong interfaceになるとか)と思うからではない。そうではなく,なんらかの達成しなければいけない課題(タスク)を前にしたとき,日常的になんとかかんとかコミュニケーションを取ることが必須であるESLとは違い,与えられた課題によっては,なんとかかんとかやりとりをするための道具立ても持たないことによって黙り込んでしまうようなケースがしばしばあると思うからだ。
そういう場合の解決法は思いつく限りは2つあって,

1. 現在できるところまで課題の難度を下げる(※1)
2. 課題を遂行するために有用な道具立てをする(明示的知識を教示する)

というものである。この点に関して言えば,二人の先生方はこの時にとるべきだとお考えのアプローチはもしかして違うかもしれない。
SLAベースのタスク中心教授法でよく示されるのは1の方法だろうが,入試に関するニーズなどのことを考えると—もちろん明示的知識を教授する目的に基づく(?)「訳読」のみでは入試に必要な知識が充分身につくわけではないという調査(※2)を考慮した上でも—2のように明示的知識をはぐくむ必要性もある程度納得できると思う。
ただ学習者がその「道具立て」の必要性を感じるかどうか,感じさせる方法はなにかと考えると,やっぱりまず使ってみることが必要になってくるのではないかと思う(し,そのことは別に私の思いつく新規な意見でもない)。いくらシチュエーションを用意しロールプレイを示されたところで,それを外国語で使う状態になったことがない場合,必要性は薄く感じられてしまうのではないだろうか(※3)。
そう考えると,たとえばPPPのような帯を念頭にreactiveな文法の導入を可とするならば,PPPのうちproductionを頭に持ってきて(入れ替えてもいいし,付け加えてもいいと思う。PPPPみたいな。これは一つの例なので,必ずしも産出タスクである必要はないが),その上でreactiveな視点を取り入れたら,それはほとんどタスクの理念と変わらない活動じゃないかという気になってくる。とりあえず学習者が何らかの必要性を感じるような課題をやってもらい(確かにPPPはターゲット項目が設定されるだろうし,TBLTではされないかもしれない。しかし,最初の産出ではたとえターゲット項目があったとしてもその必要性を感じてもらうことが目的なので,そうなると自然に「課題の遂行」に目的を置くことになる),その課題遂行のために必要なことを考えてもらう。reactiveな視点で学習者の課題遂行の状況を観察していると,個々の発達に応じてその後教示すべきなものが見えてきて,それは必ずしも想定していたターゲット項目とは違うかもしれない。その後の文法項目の導入と練習で,事前に用意したターゲット項目を対象にしたとしても,見えてきた「(ターゲット項目以外で)必要な道具」を焦点にしたフィードバックを加えれば,それはもうタスクに基づくフォーカスオンフォームとほとんど同様の活動なのではないだろうか。

考えたことをまとめると,

PPPのdeductive,preemptiveな観点を譲歩して,かつTBLTにreactiveな明示的指導を付け加えると,その二つの教授法は,目的も手段もほとんど差異がなくなるのではないか,ということ(※4)。

佐藤先生の仰るように,「いずれにせよ,英語を使わせる機会が極端に不足しているのが問題」という観点に立てば,二つの立場において対立する点というのは実は非常に少なくて,つまりこの両立場はとてもcompatibleなのではないか,と思ったということでした。


※1: 私の場合,受け持つ学生の英語習熟度がけっこういろいろなので,教室によっては全く文法を導入しない状態から,ジェスチャーだけや数語の語彙知識でも遂行できるほとんどノンバーバルタスクと言えるものを使ってタスクを導入することもある。その工夫やその後の文法的なものの表現についてはまたいつか書きたい。

※2: 関静乃・加藤和美・茶本卓子・永倉由里・三浦孝・亘理陽一(2011).「現代の大学入試問題に,文法訳読式授業はどれだけ対応できるか:高校英語授業改革プロジェクト発表その1」『中部地区英語教育学会紀要』40: 315-322.

※3: これもかなり主観的な経験談であるが,私はあまり真面目な学部生ではなく,いまやってるようなことに興味もなければ教員養成コースを取るよりも前だった時期にスペイン語を習い,ロールプレイが書かれたテキストを見ながら「まあ世界のどこかでこういうやりとりは起きてるだろうね」とぼやきつつ,プリントの端に書いたメモを何も考えずに読み上げていた。ちなみに単位は2回落とした。

※4: この「目的」というのは冒頭に書いた言語使用機会の保証という点である。もっと理念的な話になると,TBLTは言語項目の教授それ自体が目的ではないので,シラバスの組み方やアセスメントなんかには差が出るかもしれない。ただ,実際にこの2点が対比される際には,根本的な差異があるこれらシラバスやアセスメントの違い以外の本エントリで言及したような部分で比較がなされることがとても多いとも思う。

論文レビューの観点

毎年いろんな場所で論文をレビューしていて,徐々に自分が論文を読んでレビューする際の観点が変わってきたことに気づいた。

ふと,昔,稲垣先生の授業で論文をレビューしたときのことを思い出した。博士前期課程にいたころの話で,当時の私はなんかこう今より変な方向にとがっていて蘭ーーーーん論文をレビューする際にもとにかく沢山批判することしか考えていなかった。

レビューの発表が終わってドヤァとしていた私に先生はひとこと,

「この論文の欠点はわかったけど,評価すべきところはどこ?なんでこの論文選んだの?」

と尋ねた。

私はハッとなってついおならをした。

やはりいいジャーナルに載っている論文はそれなりに理由があって,ある程度欠点があっても,それが多かったとしても,それが後にものすごい被引用数を持つことがある。その論文の結果はそうやって人の目に触れ続け感心を持たれ続ける以上,その後どんどん精緻化されていくだろうし,それはそのテーマが学界にとって必要だったということ。それは,そこに掲載することでこの学界の何かが進展するとエディターが適切に見抜いたということを裏付けているのだろう。

そもそも批判すべき点のない研究などありようがないので,どんどん細かいところを突いていくのは建設的なことも多いだろうが,それが目的となってはいけないのかもしれない。僕は発達段階としてとにかく論文を批判的に読むということは大切だと思うし,自分がそうだったことを後悔したことはないけれど,そうやって分野を切り開いてきた,まだ目は粗いかもしれない研究を,適切に評価できる目を持ちたいと思う。まず,そういった論文の何が面白いのかわかるようにならなければ,掲載されて引用される「いい論文」は書けないのかもしれない。

※ここまで書いて,隣の隣に座っている人が批判的論文レビューのメモをブログに載せていたのを思い出しましたが,その記事はこのエントリを書く際にまったく意識してなかったので,怒らないでください。

ページ中央に横方向の罫線を入れたい

自分用備忘録です。

授業用のプリントを作っていて,A4を横方向に裁断して使いたくて(A5がプリントできないときとか),プリント作成と裁断の目安になる中央線が欲しくなった。この状況をもっと簡単に打破するひともいるんでしょうが,これまでも何かとプリントに横方向の中央罫線を入れたい状況があったので,たぶんいろいろやり方あるんだろうけど簡単にできた方法をメモ。

私のwordは英語なので,日本語はようわかりませんが,

1. 横方向にガーッってオートシェイプでまっすぐ線を引く

2. 右クリックで”more layout options…”

3. PositionのHorizontalをAlignmentにチェックしてLeft, relative to Pageを選択

4. その下のVerticalでRelative positionをチェックして50%に配置, relative to Pageを選択

5. Optionsのチェックを全部はずす

もっと簡単なやり方あれば教えてください(もしかしてデフォルトの機能があったりする?)

【論文】Fukuta, J. (2015). Effects of task repetition on learners’ attention orientation in L2 oral production. Language Teaching Research.

Language Teaching Research(LTR)のOnline Firstに,採択された拙論文が載りました。初の国際誌です。

Fukuta, J. (2015). Effects of task repetition on learners’ attention orientation in L2 oral production. Language Teaching Research.

http://ltr.sagepub.com/content/early/2015/02/17/1362168815570142.abstract

修士論文の直後からデータを集めて,JASELE北海道で発表した内容です。

修論で考案した手法を用いて,これをTask repetitionに適応したら,先行研究で見られなかったものが見れて違った結果がでるのではないか?と思いやってみると,先行研究と全く同じ結果になりました,という研究です。ぶっちゃけあんまり新しい知見はないのですが,task repetitionにおける注意の方向性の変化を直接的に測定することを試みた研究はなかったので(パフォーマンスからindirectにそれを推論したものはそこそこある),タスクの繰り返しをやっている方は指導後のパフォーマンスの変化をディスカッションするときにtheoretical rationaleとして引用して頂けたらありがたいです(宣伝)。

これを投稿した2014年は実に調子の悪い年で,博論もまったく進まないどころか後退を繰り返し,投稿論文は6回連続リジェクトされ,年間エディターキック記録3回(最も時間のかかったエディターキック:6ヶ月),最速リジェクト記録10日,アクセプトない歴9ヶ月,年間最高リジェクト記録を7に伸ばした年でした。

身の丈に合わないところに投稿していたといわれればそれまでですが,もちろん別に国際誌にばかり投稿していたわけではなく,前年(2013年)に通ってたところにも落とされていたので,なんか落ちグセみたいなのがついていたのかもしれません。あと憑いていたのかもしれません。落ちた落ちたと言っていましたが,べつにダメでもいいやと投げていたわけでもありません(それはエディターや査読者の方に失礼なのでそこは強調したい)。ちゃんと毎回通す気で出してるんです,ええ。

居酒屋にいってはタムラに「今出してるやつ全部落ちたらもう査読なし論文しか書かないお・・・」とか弱音をはいて「ほらまだ落ちてないじゃん・・・」「ほらまだLTRあるじゃん・・・」とか慰められるのを繰り返し,そろそろ彼の慰め言葉も底をついてきたのか,あまりにもネガティブ発言を繰り返しまくる私に彼が「ネガるのやめい」としか言わなくなってきたのが年末あたり。

年末(それこそ31日)から実家に帰って全く研究をしない数日間を久々に過ごしたのですが,1/3に父親の実家である岐阜に車で移動中に,LTRから “accept with minor revision”の連絡がきました。

この論文は2回major revisionを行っていて,一回目にA4で20頁くらいのレビュアーコメントを頂き(箇条書きで40以上あったきがする),二回目に新しくでかい修正を求められており,コメントも厳しかったので,2回目もらった時点で「これは載らんだろう」という気分になっていたのですが,頑張った甲斐がありました。

しかし厳しい大量のコメントを見ながら,こんなに細かくしっかり原稿に目を通して頂いたのだからちゃんと真摯に修正しなければという気持ちになりました。査読のやりとりが多いジャーナルほどコメントは多くて細かいですが,そういったジャーナルのレビュアーの方々には本当に頭が下がる思いです。この原稿も査読の中で驚くほど良くなりました。謝辞で感謝を述べたくなる気持ちもよくわかります。

この研究は生前の前田先生にいろいろ相談に乗って頂いた最後の研究となりました。それまでもご相談させて頂いた研究はあったのですが,先生のお人柄などを考慮して謝辞に名前を入れさせて頂いたことはありませんでした。今回は大きなところに掲載されたということで許可を取ってお名前を入れさせていただきたかったのですが,それは叶いませんでした。ただ,生前の先生との会話で

私「あ,この論文,先生のお名前入ってますよ」

先生「ホンマやwwwうん,見た気もするwww」

とかいうやり取りが複数回あったことから,気を悪くされることはないだろうと思い,今回こっそりと謝辞にお名前を入れさせて頂きました。すみません。少しは,教えて頂いたことが身についていますでしょうか。

授業見学の感想2

忘れてたわけではないですが,「授業見学の感想1」を書いてからなかなか続編を書くためのアレがアレでした。Todoリストの一番上に残り続け,つねに切迫感に苛まれつつも見て見ぬフリをしてここまできて,そろそろ奴の顔を見るのも辛くなってきたのでなんとかしようと思います。
中京法律専門学校で教鞭を執る田村祐氏の英語授業の見学レポートです。

2時間目は,TED Talkを使った授業でした。最初は,前回の授業で見たという動画の続きからでした。英語で見て聴いて,その聞いた内容を概念図としてシートに描写していきます。

この方法は,聴き取れたものを片っ端から書いて行く方法だと,あまり内容を考えずに頭の方と最後の方だけ完訳するとか,単語だけ聞き取れて内容が良く理解できないとか,そういうことを防ぐ効果もありそうです。英語を何回か聞いて,最終的には日本語字幕つきで聴いて確認していたのですが,日本語字幕の際には英語で聞き取れたところと区別するためにペンの色を変えて(黒→赤)概念図を書き加えるというもの。

赤いところがだんだん少なくなっていくといいね,と言ってましたが,なるほど。これも自身の達成度が視覚的に見えてすばらしい工夫ですね。いつかやってみようと思います。

次に新しい内容に移り,最初に必要となる語句のブレスト。シートにいくつかの語が書いてあって,その反対語を自分で考えるという中で,Talkの中で使われている語を学んでいきます。ただ単に英語が書いてあって意味の確認だけやるよりも退屈しないし処理も深くなりそうでこれも真似したいところです。

リスニングは(1)字幕なし通常スピード→(2)字幕なし遅めスピード→(3)英字幕あり通常スピード→(4)日英字幕あり通常スピードと進められていきました。

英語字幕のときはところどころ穴抜きになっていて,そこをディクテーションするというアクティビティ。スピードを変えたり字幕を穴抜きにしたりどうやってこれやってんの?と思ったら,大阪大学の今尾先生が作成された “casual transcriber“というソフトを用いて簡単にできるんだそうです。もともと文字起こしに便利なソフトだそうですが(藤田卓郎先生のサイトに説明があるので併せてご参照ください),こういう応用もできるんですね。

授業の話にもどると,ディクテーションの穴埋めの答え合わせも,たとえば(the)(shoes)となっている部分で,(a)と答えた人がいて,あ,間違えた,と思ったら「なるほど,で,次は?」とスルーして,「(shoes)です」と学生が答えると,「そう,でも a shoesってなんかおかしいよな?」とガーデンパスして考えさせたりと,結構細かいところまで工夫してるように思いました。どれくらい狙ってやってるかわかんないですけど,これをちゃんと実践しようと思うと机間巡視中にもちゃんと見てないとできないはずです。その後のアクティビティを考えながら見て回るというのは,私もちゃんと考えながらやってたはずですが,最近はタスク中の即時的なフィードバックが主な狙いになってそればっかり考えていた気もしてきて,どの程度そういう配慮を念頭に置きながら自分はできていたかなとハッと振り返させられました。

その後,動画の内容について事前に書いてあったプロンプトに沿って意味理解を確認し,「正しい靴紐の結び方」みたいな動画でしたが,どう結んだらほどけにくいのか実際に紐を結んでみたりして,ただ文法や発音だけではなくしっかりと内容にフォーカスをあてた楽しい授業でした。その中で,聞き取りづらいポイント(不定冠詞のaがエイと発音されてるとか,canとcan’tの強勢での聞き分け方とか,themが’emと発音される部分とか)もちゃんと捉えており,なんでその部分が聞き取りにくいのかをフィードバックして,もう一度聴いてみる。自分は聞いてるだけでしたが,90分飽きることもなく,おわったあとメチャメチャ英語使った感がありました。

こういう満足感って大事だと思うんですよね。楽しいっていってもゲーム感覚でゆるいだけじゃ身につかないですし,この授業で英語が身につくのか?という疑念すら起こってしまう。かといってギチギチに忙しいとこの授業は大変というイメージしか残らないし。そう思っているから,私も授業のリフレクションで「難しいけど,大変だけど楽しい」なんていうコメントがつくと一番ニヤっとします。っていうかまずリスニング苦手だからこの授業学生として毎週出たい。

さて,二回にわたってレポートをしました。授業見に行く前はもうちょっとこうネガティブな部分とか指摘して改善点とか話し合えるかなと思ったのですが,なんかごめんなさい。もちろん英語教師としては私とは経験してるコマ数が違うし,彼は中学校でも授業を行って,かつ毎日一生懸命に授業改善について考え続けていたことは知っていたので,彼の授業から謙虚に学べることが多いとは思っていたのですが,なんかこちらが参考にできることばかりで,授業を見せてくれた彼に対してはたいしたフィードバックもできなかった感じでやや反省です。よく考えたら,自分が授業を持つようになってから他人の英語の授業をみるのはこれで始めての経験だったのですが,これからも色んな授業をみて自分の授業についても考えていきたいと思います。